【春の18きっぷ旅行記】④福島第一原発20キロ圏内ツアーへ(前編)

今回の旅の1つ目の大目的がこれでした。

震災から5年・・・5年前、コールセンター勤めだった私は臨時休業で突然連休になって、なかなかこんな連休ないからって、宮崎~鹿児島へドライブ旅行に出たのでした。

鹿児島で寄った居酒屋で、「事故があって原発誘致を問う住民投票が流れたんだよ~」なんて話を聞きながら・・・

その後、被災地へ行きたいという気持ちはあったのですが、相方に「え?行くの?・・・オレは行かんぞ。東京もイヤだよ」と言われ。

躊躇してたんですが。

5年以上経つと復興も進んで(それはいい事だけども)、もうみんな忘れるし風化するしなかったことにしようとするし。

行くならもう今年までだろうと。それで、東北へ行くと言う事も実は黙って電車に乗ってきたのでした。
今回のツアーを主宰しているのは


NPO法人 野馬土
野馬土の活動状況や福島の現状を世界に発信|NPO法人 野馬土


 

野馬土は、浜通りに安全な食を守る産直店と地域の人が気軽に集えるカフェを開き、 放射能測定をして本当に安全な食品を …

と言う所で。
ガイドさんに案内していただきながら、南相馬市から国道6号線を南下、原発横を通って、楢葉町まで。

仙台からバスで南相馬市の「原ノ町」という駅まで行って、ガイドさんと落ち合いました。
すでに定年退職もしていて、NPOのガイドをされているそうです。今年は震災5年目でツアー申し込みが多いと言っていました。

ガイドさんの車の助手席に座ると、アイロンぐらいの大きさの機械・・・線量計が運転席と助手席の間に置いてあります。初めて見ました。
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南相馬市は市内でも一部地域が20キロ圏内と言う事で避難指示が出ていたそうです。

4/1に避難指示が解除される予定だけれど、帰ってくる予定の人はほとんどないし、解除を先延ばしにして欲しいと思っている住人が多いとの事。

と言うのは、避難指示が解除されると、戻る戻らないに関わらず、避難している人にだされている月々の見舞金が終了してしまうんだそうです。

国や東電にすれば、戻る戻らないに関わらず、お金を出す量を減らしたいんでしょうね・・・

避難指示ではなく、自宅避難になった地域では、震災直後に大手のスーパーや量販店がザザーっと撤退してしまって、とても不便だったそうです。

地震で壊れた家電を買い替えたくても電気屋さんがやってない。

遠くの電気屋さんまでわざわざ出かけて買って、配達してもらおうとしたら、配達拒否されて、買えなかった、問う事もあったそうです。

今は道沿いで大きな家電量販店が営業しているので、再進出してきたのかな。
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除染や復興作業員さんだらけのコンビニ、未だに商品が倒れたままの家具屋さん、ゴーストタウンのような商店街・・・

見た目無事な家も、雨漏りやねずみの被害で、すぐには住み直せない状況との事。

一方で、避難指示解除に向けて新しい住宅も建てられている。

もう、借り手はついたのだろうか・・・
時々、鉄板で囲まれた広い土地に出会います。
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除染した土の黒い袋、5段重ねにして置いてある、仮置き場。

この後焼却施設で焼いて少しかさを減らしてから処理するそうですが、焼いたあとの灰をどうするかも未定。いつ焼却の順番が回って来るかも未定で、どんどん増え続ける。

「浪江町の方はまだきちっとしていていいですよ。あとでわかります」

とガイドさん。

横には、これまたこの先あちこちで目にするモニタリングポスト。
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ここに出ている数字も、本当の数字か怪しいんだって。

基本は「シーベルト」という単位で表示されているのに、わざとのように一部だけ「ベクレル」単位が使われているもの(ベクレル単位の方がぱっと見数字が小さくなる)

1つポストがあるのに、なぜか真横にもう1台新しいポストを作って、古いやつは測定中止にしたのだけど、新しいポストの方がなぜか以前より小さい数字を表示するようになったり。

なんとも、放射能は無未無臭だけど、聞こえる話はクッサイのばっかりである。
IMG_1546時々目にする派手なピンクののぼりには、「除染作業中」の文字がでかでかと。
IMG_1557次に案内していただいたのは、浪江町「希望の牧場」。

ここは、原発事故後に被爆して本来だったら殺処分になっていた牛達を、その圧処分に反対した吉沢さんという人が集めて引き取り、飼っている牧場。

牧場主さんとそのお姉さん、それに趣旨に賛同したボランティアの人が運営しているとの事。

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囲いの中にはたくさんの牛たちが草をはみ、のんびりと過ごしている。

元々肉牛だったようなので、事故がなければ逆にもっと早くに殺されていたであろう牛達。なんか複雑。被爆して長生きしてって、幸せなのかな。不幸なのかな。

牛達の中には通常でないなぞの白い斑点が出てきた個体が何体もいたらしく、

吉沢さんは自らその牛をトラックに載っけて国の研究機関へ持って行って「原発のせいかどうか調査せい!」と言ったらしいのですが、国からのお返事は「調査したけど、因果関係はわかりません」だったそうです。

もう1つ、ここの牧草ももちろん放射能汚染されてて、本来だったら焼却処分予定だった物を使っているんだって。焼却して灰になるよりは牛のエサになる方がまだ有効だと私は思うのですが、行政は汚染された牧草の移動を基本禁止にしてて、それであるとき牧草が足りなくなって牛が餓死しそうになったそうです。

困ってたら、隣町が「ウチの汚染牧草で良ければどうぞ使ってください」と無償提供してくれたらしいのですが、それを浪江町は「こっちの町に汚染物質を勝手に運び込むでない!」って怒って、町同士でもめちゃったんだって。

これは、不謹慎だけどちょっと落語みたいだなぁと思ってしまった。
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牧場入り口のプレハブの周りには山のように牧草ロールが積まれ(つまり放射性汚染物質の山、とも言える。最初の駅の近くより、線量計の針は少し右に振れた)スプレーででかでかと「決死救出」の文字に牛の頭蓋骨がいくつもぶら下がり、少し異様な雰囲気。

残念ながら牧場主吉沢さんはインドの反原発運動家に招かれてインドに行っているとの事でお留守でしたが。
つづく。





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