【春の18きっぷ旅行記】⑤福島第一原発20キロ圏内ツアーへ(中編)

次に案内していただいたのは、浪江町の海岸沿いの地域。

このエリアに入るにはあらかじめ許可が必要なのですが、 それも4月以降はなくなるとの事。線量の問題と言うよりも、 ドロボウとか心ない見学者対策の方が大きかったらしいです。

教科書で見た戦後の焼け野が原みたいな、 ぽつんぽつんといくつか建物が残るだけの広い土地。

津波で流されたエリアでした。

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2階は残っているけれど1階が完全になくなっている建物、 網が絡み付いている漁協の建物。倒れたままぐ、 ぐちゃぐちゃのままの墓地。 その墓地にお彼岸だからとお参りに来る人々。 お参りの人のため墓地の横には仮設トイレ。

ちょっと、お墓は写真を撮るのをためらって、撮らなかった。 撮れなかった。

その広い空き地に立つ大きな白い建物は、 除染した土を燃やす仮焼却施設。

一応、仮、らしいけど。

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海岸沿いでは、堤防を補強する工事を行っていた。

「堤防を補強しても、いつかまた津波が来たとき、 防げるんですか?」

「どうでしょうね。ただ、 なぜか今いる所の前あたりだけ堤防が切れてるんですよ。 もし今度津波が来たら確実にあそこ(除染した土置き場) は流されますよね。そうなったら、全部海に流れていっちゃって・ ・・東電は万々歳でしょうね」

「はぁ」

「それに、堤防の補強はまだわかりますけどね。ほら( と目の前の看板を指して)漁港の復興って。津波がきて、 避難区域になってここに漁港をつくったって誰が漁を出来るんです 。形だけの復興ですよ」

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次に訪れたのが、すぐ近くの「請戸小学校」。

ここは地震後校舎の2階まで津波で浸水、 幸い帰宅した1年生も含めて全校生徒集まって、 学校の裏山をかき分け避難していたため死傷者はゼロだったそうで す。

(正直、 敷地に足を踏み入れる前にその話を聞いてホッとしました)

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ガラスが割れたり、 体育館の床が大きく凹んでブイが転がっていたりと津波のあとを残 しているものの、建物自体は頑丈だったんでしょうね、無事で、 入ってみてもいいと言われたので気をつけながら中まで入ってみました。

机や備品、献立表なんかがそのまま残されているのに、体育館の「 祝卒業」という看板と、 各教室の黒板だけはなぜか取り去られていました。

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黒板に関してはガイドさんが理由を知っていました。

「震災後この小学校を訪れた人が、最初は『絆』とか『 がんばろう』とか被災地への応援メッセージを書いていたのが、 だんだん『原発反対』や『9条を守ろう』 というメッセージも増えて。

あるときそれを新聞社が写真に撮って新聞に掲載したら、 どうもそれがマズかったらしくて、全部取り去られてしまったと」

「なんかバカバカしいですね」

「しかしなんで黒板の裏側ってこんな風になってるんですかね」

「黒板って、 子どもの身長に合わせて上げ下げ出来るようになってたんで、 その仕組みだと思いますよ」

「へぇーそうだったのか。へぇー」

ガイドさんになぜか黒板の仕組みを教えている私でした。

その黒板の代わりなのか、訪問者ノートのような物が、 2階に置かれていました。

窓の外には、放射性のガレキ置き場が見える。
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無事に避難して、家族と再会して、 じゃ明日一旦お家に荷物を取り戻ろうか、などと言っていたら。 翌日には原発事故で、家には帰れないと言われ。

子供達はあちこち散り散りになって卒業、春休みを迎えました。

母校があるんだけど、ない、思い出も取りに帰れない、 楽しい思い出も辛い思い出になってしまったのかもしれない・・・

遠くに、といっても20キロ以内、 向こうに原発の煙突が小さく見えるのでした。

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つづく。





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