ハムスターぐるぐる(イニキZに捧ぐ)

「いま話題のネットアイドル!赤裸々な裸体」


期限切れの電話料金を払いに入ったコンビニエンスストアで、派手な色合いの週刊誌の表紙の中、俺は何の気なしにその本を手に取る。

センターのページに袋とじになってるそのコーナーは買わないと見れない。電話代の残りで本とダイエットコーク(クーマプレゼント付)とイカの姿揚げを買い、帰宅。

定規を使ってずばばと袋とじを開ける。

中には4人の女の子。
マイミク(インターネットサイトmixi上でのお知り合い)のイニキZさんが載っていた。

https://youtu.be/9PIH80nUH5A
https://youtu.be/iEi1HsVFRx4

彼女は彼女らしくリンカーンコンチネンタルの後部座席でワインをかっくらって、毛皮のコードを素肌に着て。写真の下には「毎週水曜日のみ魁町のFヘルス『山吹アゲハ』で働いてます」と。
魁町かぁ。すぐ近所じゃん。ほほぉ。ちょっと冷やかしにいってみるかね。

 

下駄履きに自転車で坂を二つ登って降りて、僕はその店に着いた。
サラ金やら大人のオモチャやらの入った雑居ビルの4階がその店らしい。
エレベータが故障中らしく、階段を上る。
2階のサラ金ではものすごく汗をかいた太った男が、やくざ風の男に金を貸していた。ふうふういいながら。
3階のオモチャやからはくぐもった女の声。ビデオの音でも漏れているのだろう。
そして4階。『山吹アゲハ』
待合室の赤い合皮のソファーには満席の客。「イニキZただ今5時間待ち。ご予約の方は名前と電話番号をお書きください」
あ らら。人気者なんだ?雑誌の力ちゅうのは恐いね。まあどうしても一発出さなきゃ!って風でもないので上ってきた階段をまた下りる。登りでは気にならなかっ たが階段にものすごい数の観葉植物。ツルの出たような。紫色の花が咲いた後枯れてる。亀頭のようなサボテン。手のひらのような実のなった黒い木。蒸し暑 い。
さてこれからどうしようか?
本屋でもいくか。

 

 

「ちょっとおにいさん。サニーさんでしょ」
振り向くとピンク色が少し腐ったような色のぴたぴたのボディコン。20世紀の遺品のような服を着た、ソバージュのおかま。ホイットニーヒューストンのような、おかま。

「あたし、ローラっての。サニーさん一度ライブで見たわ」
「あ、そうすか。どうも」

などと明らかに腰が引けた状態の俺。そんな俺に彼(彼女?)はしゃべりつづける。

「あたしローラは、県立美術館にいくんだけどサニーはどう?」

どうって。俺あなたと一緒にいると身体痒くなりそうで。でもローラの目は笑っていない。俺はしがないシンガーだが、こういう目をした女(男?)がやばいことは知ってる。

「いやぁ。きょうはね。帰ろうかとおもって」
「自転車で来たの?のせていって。ローラを」

こいつはなめてるのか?人の言語を解さぬのか?いきなり自転車の後ろに座りやがった。もちろん足を閉じて。女の子座りで。

「さあ、漕ぐのよ!サニー。ローラを県美に連れて行くのよぉ」

どうするか?心の中で代表委員会開会。すぐ終了。俺は自転車をこぎ始めた。

県立美術館までは坂を4つ。
登って降りて。ローラは重い。
俺は汗だくになって漕ぐ。自転車も悲鳴を上げる。通行人は振り向いて俺たちを見る。インドかなんかの歌を大声で唄うのはやめてくれ。ローラ。

「あ、そうだ。チーちゃんもお外が見たいでしょ」
と偽物のヴィトンから袋に入った金魚をとりだす。

「サニーに御挨拶しなさい」

あほか。魚が挨拶するわけないやろが。俺はそういう感じ、「言葉を解さぬペットに話しかける人間」が一番腹が立つんだよ。
ま、しかし気にはなるからちらっと見てみる。チーちゃんとやらを。ははは。普通の金魚やん。赤と白の混じった。

何 を狂ったかローラの野郎、チーちゃんのはいった袋をぶんぶん振り回して「アルプスの少女ハイジ」の歌を歌い始めた。あのよろれひよろれひよろれひよーって 所も。うわー可哀想やんか。やめろやめろ。吐くぞきっと。よろれひよろれひよろれひよーよろれひよろれひよろれひよーらりふらほん!

県 立美術館てこんな所だっけ?コンクリートがところどころ砕けて、先の地震で崩落した処もあり、ポスターは何重にも貼られていて、破がされた跡も痛々しく。
入り口の前ではホットドッグ屋があり、なぜか大男がビキニパンツ一丁でキャベツを刻んでいる。ザッザッザッと激しく。
ビキニパンツは小さな花柄で、男性器 は勃起しており、亀頭がずんずんと顔をだしている。彼は包丁を持つ手以外は微動だにせず、ザッザッザッと刻みキャベツの山を作っている。

「ここよ。サニー。ローラはここに来たかったの」

そのホットドック屋の車のうらに廻ると、周りに品のないレイをあしらった等身大の鏡が。

「ほら?どう。サニー。」

どうっていわれても。アホですやん。と応えるわけにもいかず。

「じゃあ!魅惑の世界へ。らりふらほん!」とローラが絶叫すると、勃起ビキニパンツ男が「おうおうおうおうおう」とその鏡をくるっとひっくり返す。
隠し扉です。県立美術館には隠し扉があったのです。知らなかった。

「レディーファーストでいきますわよ」とローラは言い、「おまえ男じゃん」と思いながらもついていく。

細い階段。カビくさいにおい。響く重低音。なんかの宴会があってるのかもしれん。
情けないことにローラに手を引かれないと歩けない。
じっとり汗ばんだローラの手。指の毛。気色悪いがしょうがない。
よろれひよろれひよろれひよーと歌ってるローラ。
ああ、こんなところ来るんじゃなかった。
心の中の代表委員会委員の皆様、あなた方の判断は間違いでした。

目が暗闇に慣れてきて、黄緑色のけばけばしい扉が見えた。
ローラが扉を開けると、そこは映画館。スクリーンには男の顔のアップ。小指を鼻に突っ込んでいく。第一関節、第二関節、すっぽり全部。歓声が上がる。

次 のシーンでは透明なハムスターが子どもを一杯腹に抱えていて、いまにも生まれそう。母親ハムスターは苦しそうにしながらも「ぽいっ」という音と共に、子ど もを生み出す。会場は号泣。

「ぽいっ」「うおおおおおぉぉ」

「ぽいっ」「うおおおおおぉぉ」

「ぽいっ」「うおおおおおぉぉ」

12匹の小さいハムスターが生まれた。きゅうきゅう言ってる。ああ、可愛らしいねぇ。愛らしいねぇ。
客席をみるとボ・ガンボスのライブ会場のように派手な奴ら。ひまわりの花を持っていたり、串焼きを食べたりしている。最前列はみな同じ格好の帽子を被ってる。俺はその帽子が気になり、近づく。

それは人ではなく「マネキンイニキZ」の集団であった。Fヘルス『山吹アゲハ』のトップ指名の。マイミクの。

服装はアロハ・ランニング・フェイクファー・スクール水着・訪問着・トレンチコートといろいろだけど、帽子だけが同じ。ジミヘンが被っていたようなテンガロン風で、「イニキZ」とロゴが入ってる。

ちょっと触ってみる。指でおさえると微妙な感触。マネキンなのに低反発のような。生肉のような。
おお。こりゃ変態ぽくて面白いぞ。とおっぱいやら耳たぶやらを噛んでみる。アルデンテ。

「さあ!時は来ました。嵐を呼ぶのです!この町を一掃するのです!」

燕尾服を着たオヤジが叫ぶと「おおおおおお!」とレスポンス。ローラも叫んでる。
声をそろえて歌う集団。

よろれひよろれひよろれひよーよろれひよろれひよろれひよー
よろれひよろれひよろれひよーよろれひよろれひよろれひよー
よろれひよろれひよろれひよー

ぐらぐらと地鳴り。ありゃまた地震?
彼らは盆踊りのように腕を振りながら、一列になって出口から出ていく。

おお、ちょっと待ってくれ。
外は凄い雨。向こうがまるで見えない。
歌う集団は進む。
よろれひよろれひよろれひよーよろれひよろれひよろれひよー

坂道の多いこの町では、雨が降ると坂の下の家屋は流される。どどどどどーと濁流が下っていく。
電信柱をなぎ倒し、選挙の公示の看板を粉々にして。犬も猫も青いごみバケツも流されていく。
おおきな濁流が歌う集団を飲み込む。よろれひよろれひよろれひよーと流れていく人。
ローラも流されてる。踏ん張ってはみたものの、ブティックの入ったビルに打ち付けられ、遠くへ行ってしまった。

このままじゃやばいと俺は太平洋平和商事ビルに登る。ビルの中もはげしい雨漏り。とりあえず登る。エレベータは動かないので階段で。

最上階11階に上って、坂の下の町を見ると、こりゃ悲惨。完全に渦の中に飲み込まれている。水洗トイレに流される勢いでぐるぐる回ってる。
坂の下の町と隣町の間には海峡があって、真っ赤な橋が架かっている。隣には「ふるさと創生基金」で建てた東洋一の観覧車がある。水しぶきを上げて廻っている観覧車。滝のような雨の中、ちらりと見えるけだものの姿。

廻ってる。観覧車の輪の中で、12匹のばかでかいハムスターが。隊列を組んで、ぐるぐるぐるぐる。

雨は勢いを増し、観覧車は周り、濁流は隣町をも呑み込んでいく。
一心不乱のハムスターたち。
倒れるビル。流れていく人。
俺はただ見ていた。
腹が減った。コンビニでなんか買っておけば良かった。
5時間待ちでもイニキZに逢いたかった。
ローラについてこなければ良かった。

ぐらぐらと大きな揺れ。壊れる足下。崩れる太平洋平和商事ビル。息が苦しいなぁ。
濁流の中。薄れる意識。さよなら。

目を覚ますと花畑。あはは。こりゃ完全にベタな天国じゃん。赤いうすぎぬを来た女が膝枕をしてくれてる。

「気がつきました?」と女。

「あ。ああ。ここは天国ですか」

「チーちゃんです」

「え?」

「私。チーちゃんです」

まあいいか。花畑いいにおいだし。柔らかな日差しの中もう一度目を閉じる。
よろれひよろれひよろれひよーと遠くで歌。無視

>>イニキZを知っていますか?(青春のネットアイドル、イニキZへの想い)