UFOとクロワッサン

やだねぇ日本の夏は。湿気湿気で。壁紙にもカビが繁殖してる。
夜になるとピタッと風が止まりやがるし。

東向き南向き南東向きと適当に建設したマンションが、本来の風の通り道を封鎖・ブロックしてるからであろう。ああ、向かいのマンションが建つ前は遠くの花火大会がちらっと見えたのになぁ。
おまけにとなりの室外機はぐわんぐわんと熱風を私のベランダにぶちまけてる。ああ、メダカにエサもやらんとなぁ。やつらは水の中、涼しかろうな、なんぼか。
などとクーラーのない部屋で扇風機の耳障りな音を聞きながら、明日は何しよう?と眠れない私。
窓の外には下手くそにカッターで切り取ったような暗闇。
壁を見て寝てたら腕がしびれたので、寝返りを打った、その視線の先に。
きゅいーーーんと小さな音を立てる光。

UFO

私は音楽の成績は最低だったが、耳がいいらしく「このきゅいーーーんは『レラー』だな」などと判ってしまう。判ったところで得もないのだが。
ライトでなにやら探してるらしい。真上にあがったかと思えば一瞬で左、下からと、飛んでる。
本能的にやばい!と思った私は目を閉じ、寝たふりを。右から左から『レラー』を聞きながら。ピクピク。
顔に光が当たってるのがわかる。閉じた瞼の上、熱を帯びて。ここで寝返りとか、すげーわざとらしいなー。このままじっとしてよう。じっとじっとじっと。ずっとずっと。

どかーん!と爆音。ありゃあ寝てしもた。ま、いいか。今日も仕事ないし。もちっと寝ておこう。
でも息子は起こさんといかんよなぁ。
ぐららら!と今度は大きな揺れ。地震?飛び起きた。
窓の外は噴煙・黒煙・悲鳴・爆発音。地獄か?いかんいかん。妻子はどうじゃ?
銀色の「昔のマンガのウンコ」のような円盤が好き勝手やってる。
まったくふざけてる。こんな壊れて敷金もどってくるんかな?あの台所の穴やら、アンディのまねしてキックで開けてしまった壁の穴も「銀色ウンコ」のせいにすればどうやろ?ナイスアイデア。地獄に仏。

「とうちゃん!」

バカ。父ちゃんて呼ぶなって言ってるやろ。
私は今はそりゃ仕事は無いが、ライブハウスを満員にしていたロックバンドのリーダーだよ。父ちゃんなんて呼ばれた日にや再発のCDも全部またまた廃盤よ。廉価版だけどね。1000円の。一枚だけだけどね。一発屋さん。「あの人は今」の取材も来なくなったな最近。

「宇宙人が攻撃してるらしい」

テレビをつけると某国営テレビだけがニュースを伝えてる。おお、うちのアパートが映ってるじゃん。どこ?どこから撮ってる?手ぇ降りにいかなきゃ。
ベランダにでると目の前を落下していくヘリコプター。運転席の男はサングラス。
向かいのマンションがでかくそびえてるので、「銀色ウンコ」の熱光線みたいなのを防いでる。しばらくは安全だな。いっつもこっちを覗いていたメガネのおばさんも流石に逃げたよう。洗濯物干したまんま。

「銀色ウンコ」の攻撃はいったんお休みらしく。みーんな去っていった。
マンションは壊れて、ぞろぞろと人が列を作って逃げてる。荷物を一杯持って。

「まるで疎開だな」

「とうちゃん疎開って知ってるん?戦争やろ」

「あ、まあね。知ってるっていうか」

ヒヤリとした。息子は勘が良く、「私のいい加減な嘘」を見破り、チェックノートにまとめて、月末にはエクセルでグラフにしてプリントアウト。学校で「とうちゃんは嘘つき」という月一回のイベントをやってるらしい。おにぎりとお茶がついて1,000円取ってるらしい。ま、収入は大事だが。

「あなた!なにぼーっとしてるの!」

私はすかさず「てへ」という顔をした。40才の割には童顔の私の「てへ」顔は、全ての怒りを鎮める力があるのだ。しかし妻は「もう!」と腰に手を当てて、なんとなくお洒落してる。なんで?

「逃げなきゃいけないでしょ?宇宙人が来たらしいのよ。まったく映画じゃないんだから。いったい政府は何をしてるの?ウルトラマンでも待ってるつもりかしら。 ほら!通帳と現金と保険証とってきて。で、こないだユニクロで買った黒いジーンズがタンスの三段目に入ってるから。」

私は寝間着を脱いで、ジーンズをはく。ぴた!と気持ちいい。買ったばかりのジーンズのひざの裏のちょっと窮屈な感じが好き。
残高の寂しい通帳とかいろいろ鞄に詰める。大きなリュックに着替えとか歯ブラシとか文庫本とか明るい家族計画とかペットボトルとかデジカメとか。ぎゅうぎゅう。
妻も息子もきちんとお洒落してる。今なら三人で車のCMか何かに出られるかもよ。

道はひどい渋滞。噴煙で暗い空がますます人々の気持ちを憂鬱にさせた。線路に沿って人の集団。とぼとぼとついてくる犬。足が痛いと泣く子ども。すすまない列。
悲惨だ。地獄絵だ。いったいなぜ?UFOとか言いながら実はどっかの国の秘密兵器なのではないだろか?などと議論するオヤジ達。ホークスのゲーム差が広がった事を喜ぶのと同じ声のトーンで。

「あの。なぜみんな西に逃げてるのですか?」
顔をススだらけにしたおばちゃんが話しかけてきた。
「いやーぼくにはちょっと。みんなこっちに歩いてるから。」

間抜けだ。
ライブハウスを満員にしていたロックバンドのリーダーがいう事じゃない。どんな時でも思慮深く、そして勢いよく、多少のうんちく・虚栄を混ぜたセリフをいわなきゃ。最後は「だぜベイビー」で締めなきゃいかんかったのに。

そういえば何故みんな同じ方向にすすんでるんだろう。

妻子にそのことを話すと、同意見。ガス漏れ爆発で頭の上をバラバラ死体が飛んでいく中で、冷静な意見をもつぼくら。なんて理知的!

こっちにみんなが逃げてるってことは、反対の方角へはすいすいいけるってことでは?通勤ラッシュのように。反対側には何がある?
反対側は博多駅。閃いたよ。自分の素晴らしいアイデアに鳥肌が立つ。

「おお!そうだ!」

「なに?」

「博多駅に行こう。そして前に食べた量り売りのミニクロワッサンを買おう!あの幸せの味がするクロワッサンを!今日はきっとお客さんも少ないから。いっぱい余ってるはず。チョコも普通のも。絶対!」

「そうね!こんな憂鬱な日は楽しい事がなくっちゃ」

と妻。そして女子高生のようなVサイン。
私はこの場で妻を抱きしめたくなったが、九州男児は人前でそげな甘いことはせん!と我慢。
私たち一家は暗くよどんだ一段にきびすを返し、希望の光り輝く博多駅へと向かった。

西へ西へと向かう列を逆行し、歩く。すいすいと。
私たち家族が全く目に入らないように、絶望を抱いた集団。
私 の中では「悪魔と天使の戦い」が繰り広げられていた。
私たち家族は自分の他の人々より理知的であったため、「本当の幸せ」に気がついてしまった。あのクロワッサンを無制限に手に入れる事に。
しかしこの悲しき人々は気づいていない。ただただ前の人の背中と足下を睨みながらとぼとぼと進むだけ。
このままでいいのか?人々に明るい未来を示さずに、家族の幸せだけを願って良いのか?しかし、と考える。
私の導きに人々が動き、みんなでクロワッサンを買いに行くとどうなる?それではいつもの博多駅。焼き上がりをまったり、列の人数を数えながらドキドキせねばならぬ。
私は日本人特有の「妥協点」を見つけた。天使も悪魔も「ま、しゃーねーや」と落ち着くところ。

「みんな博多駅に行ってクロワッサン買えば幸せな気持ちになれると思うよ」

私は聞こえるか聞こえないかの声で、一団を見ずに話す。一見独り言のように。
「みんな博多駅に行ってクロワッサン買えば幸せな気持ちになれると思うよ」

私は卑怯者か?息子が今度学校で「父ちゃんは卑怯者」というイベントをやるだろうか?1500円に値上げするならしょうがない。
人の流れは途切れるまもなく続いてる。私たちは博多駅に着いた。

駅の中は誰もいない。
「もしかしたらクロワッサン作ってないかも・・・。」

悪魔のささやきが私を一瞬だけ不安にした。が。
私は知っている。あのパン職人の熱い目つきを。澄んだ湖の底の150年生きてるヌシのような全てを達観しつつ、情熱に燃える目を。彼が「銀色ウンコ」ごときの襲来に負けるはずがない。買い求めに並んだ客達のプレッシャーを静かにはねのける彼なら。
暗く静かな駅の中。明かりはともっていた。

彼が、彼がクロワッサンを焼いている。それも一人じゃない。いつものスタッフが、いつものように。額に汗しながら。感動で胸がいっぱいになった。しかも客は誰もいない。
ぬぐってもぬぐっても涙が溢れる。

「おじさん。クロワッサンください」
「いくつ?」
「そこのやつ全部いいですか」
「了解」

小さなビニール袋に小分けされて、ドンドン詰められるクロワッサン。焼きたての甘い香りが鼻孔を通り、脳へダイレクトにイメージを伝える。

「おじさん、あの。ありがとう。私はあの・・」

私は言葉に詰まった。おじさんは少しだけ笑い。

「わかってますよ。クロワッサンが好きなんでしょ。わたしもです」

私たち家族とおじさんとスタッフは、その瞬間、全てを理解した。身体のずみずみまで「幸福の光」に包まれた。

「じゃ、また続きを焼かないといけないんで」

私たち家族はおじさんとスタッフに手を振り、駅を出た。
相変わらず進む黒い一団。そらは鈍色。瓦礫の大博通り。
私たちは座ってクロワッサンを食べた。のどに詰まりそうになったとき、妻がコーラを買ってきてくれた。
息子は「美味しい!」と叫んでた。口の中のパンが邪魔して、聞き取れなかったけど。