「支援物資をはじめてもらったよ」熊本地震で被災した友人の話

熊本・大分地震から一ヶ月がたった。

 

昨日は、ほんの一瞬だけ仕事を一緒にした友人と焼き鳥屋へ。
同い年。もとホテルマン。

実家が震源地の隣町。
自分は福岡に住んでて、最初の地震のとき、家族と連絡がとれなかったので、あわてて車でふるさとへ。

明かりの消えた道路
波打つアスファルト
そこに横になる人たち
ゆらゆらとゆれる電柱。
水道管はやぶれ、水柱があがり
ガス会社と電気会社の車が走り回る。

幸い彼の実家はひびが入ってる程度。部屋の中はグチャグチャだったけど。
おとうさんも避難所で無事だった。

家の片づけをしながら、実家でうとうとしてたときに、本震が。
突き上げられる一発。これはやばい。死ぬかもと思ったらしい。

映画のセットのようにあっけなく落ちる壁。
こんなに家ってもろいんだ。

日が昇ると、あたり一面、全壊、半壊の住宅。
電信柱はたおれ、道は崩れ。
みなれた田舎の風景はまったく違う世界にかわっていたそうだ。

 

それから避難生活がはじまった。
延々とつづく給油の列。
スーパーにはものはなく、ファミレスにも長蛇の列。

 

おれさあ、はじめて救援物資ってのもらったんだよ。ティッシュとかタオル。確かにありがたかった。でもね食べれるものがないんだ。最初の二日は何もたべれなかった。
カップめんやレトルトカレー、パウチのごはん。どうやって食べればいいの?
ガスは復旧に時間がかかる。電気が通じても、お湯を沸かすポットがどこにあるのか。
乾パンだったね。ありがたかったのは。乾パンと缶詰。ペットボトルの水、お茶。
ほんとに家にいるの恐くて、車で寝たよ。

 

地震から一ヶ月。すこしずつ生活がもどってくると、もっと恐ろしいことに気づくそうだ。

これからどうやって生きていけば?

彼はいま求職中。彼の本職、観光業は建物以上に全壊らしい。
温泉街はもうだめなところもおおく
まだスーパーも開いてない。
以前の職場も再開は絶望的。
飲食店も営業ができない。働く人がいないのと、建物に入れないから。

「生きてて良かったと、心から思えないときもあるよ。
地震の直後は思ったのにな。」

 

僕にできることは、ビールを注ぎ、焼き鳥を注文し、話を聞いて笑ったりすることだけだった。
ここには書けないけど、いろんな話をきいた。

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熊本はまだ道路が分断されていて、そこまではいけるけど、その先はいけないという道路がたくさん。
メインの道路の修復だけでは人はやってこない。
人がやってこないと、観光は成り立たない。

いま、来て欲しいんだよな、と彼はいう。

いま、このつぶれた家や、波打った道路やがけ崩れを見て欲しい。そして、「誰もがこんな土地の上で暮らしてる」ってことを感じて欲しい、と。

まあ、それは無理でも、もう少ししたら、ちょっと無理してでも温泉に入りに来て欲しいね。
見捨てられるって思ってるから。みんな。

 

これは義援金がわりだから(笑)と食事をおごって

じゃあ元気でと、別れた。
じゃあ、元気で。

 

熊本や大分へ、温泉に入りに行こう。もう少ししたら。

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