インターネットの商売は、連休はキツイ。
何せ、ネットを見てる人が少ないのだ。
逆にその間にいろいろ準備をせにゃならんのだけど、いろいろトラブって。
しかもサポートセンターは連休はお休みで。
本当に後ろで雅楽団がでんでん太鼓を「テンテコテンテコ」鳴らしてるところをくるくる回るような日々が続いて。
日帰り帰省もして。
ああ、てんてこ舞いin Meて感じ。
ああ、クリエイティブが見たい。
ヒリヒリする歌が聞きたい。
7月には一週間に三回も萠珈を見たせいで、萠珈耐性が出来上がっていて。
ここんとこ全然ヤッテネえ、と気づいた。(通常、一般人は月に一回程度、萠珈を吸入すればいいらしいが)
仕事と仕事の間をぐしゃっと潰して抜いて、1時間だけゲリラハウスに行くことにした。
駐車場で、手間取る車にイライラして、なんとか停めて。
走って行った。
ドアを開けると
「ギロチンギロチンシュッシュラシュッシュ」と太宰の斜陽が。
まだ始まったばかりのよう。
とりあえすノンアルビールを!
飢えた体に、上物がグイグイ入ってきて。体が緩むー。
この日はえらく素敵なワンピース&スニーカー。
二つほど時代をさかのぼったようなムード。
ジメジメしたセットリスト、とは言ってたけど。
このワンピースは一滴の清涼を与えてくれる。
「私」と萠珈は歌う。
必ずしも萠珈自身ではない。同時に彼女自身でもある。
芝居がかってる、というべきか、
「女優」と「役柄」が微妙に違うように。
萠珈の歌は萠珈が歌うべきものでもあり、でも、他の誰かが口ずさむべき歌でもある。
彼女と歌詞についての話、コードについての話をするのが好きで、「歌詞は文学じゃなきゃいけない」という共通認識があると勝手に思っている。
もちろん彼女の世界と僕の世界は違うよ。
歌詞の、響きを含めた「耳に来る言葉」を聞くと、グッとくる。
萠珈の歌はキラーフレーズがゴロゴロしてるし、太宰を拝借もする。
この日、いろいろいい話を聞いたりして思った。
彼女は日本中の「どのクラスにも、オフィスにも必ずいるひとりぼっちな人たち」へ歌を届けなきゃいけない。もう、覚悟を決めて、音楽に殉死するくらいの。
大勢のひとりぼっちのために、自分自身を生贄として捧げてほしい。
みんなで静かに歌える歌。
奇声をあげずにゆらゆらと揺れる歌。
そんな歌をもっと多くの人へ届けるべきだ。
初老のおっさんでさえクリエイティブ熱が再燃するんだ。
萠珈はもう、それをやらなきゃ。
感染者を増やしていかなきゃ。
パンデミックはもうすぐ。
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