ひとりひとり「個人」にとって、喜びや悲しみは自分のもの。大きくも小さくもない。ただ、自分の中に喜び、悲しみの比率があるだけ。
でもそれが誰かと比較することで生まれる陰影。光と影。
となりの誰かを見ると輝いて見える。くすんで見える。
優越感と敗北感を裏表に返しながら、ぼくらは生きてる。
学生時代にもその差はあっただろう。
仲良しグループの中でも、カワイイとか頭がいいとか親がお金持ちとか。
それは学校っていう小さな社会の中だけのこと。
「子猫をお願い」は、卒業してそれぞれの道でくすぶってる5人の女の子の話。
ペ・ドゥナの顔が好きなので借りた、くらいの映画。ずいぶん昔のもののよう。
- 実家の事業の手伝いをしてる子
- デザインの勉強したくても家庭の事情でできない子
- 露天商の双子
- 企業は一流だけど雑用係の子
それぞれのくすぶりは、自分ではどうしようもない。やる気や負けん気では世界は変わらない。
何かを捨てないと手に入らないもの。気づいていても行動はおこせない。だって、「知らないことを知ることは恐いこと」ってことを知ってるから。
韓国映画といえば、ドラマティックな恋愛ものか現実離れしたアクション、軽すぎるコメディ。だからキム・ギドクの強烈に痛い映画しかみたことなかったんだけど。
TVの韓国ドラマみてると気分が悪くなる。ばっちりピントがあった世界。気持ちが悪い。でも映画となると韓国の技術はすごい。
ただ、ペ・ドゥナがいなければ(アクションやホラー以外の)韓国映画を見ることはなかったと思う。韓国映画でほかに魅力的な女優は知らない。
リンダリンダリンダで触れたペ・ドゥナの魅力。
ほえる犬はかまないの不思議な感じ
グエムルでのアクションヒロイン
空気人形でのはなかさと寂しさ
人類滅亡計画書は、ともかく(笑)
まばたきをしないイメージが強いのはあの大きな目のせいだと思う。
映画は、無邪気な友達グループの楽しい場面から一転、ガラスの割れる音で始まる。
それは現実が始まる音。
それぞれの苛立ちを、友達5人で集まることによって、なんと「友情」でごまかそうとしたんだけど…。
進んでいく時間が、友情を壊してゆく
友情という囲いがなくなることで、自由になる。
淡々と、ときに冷たく描かれる物語なんだけど、見た後はいい気分になる。
そのあとに絶対ハッピーが待ってるとは思えないラストなんだけど。
動くことがなにかを変える。そんな可能性がある年代のもつ。
まるで日本映画のように繊細でたくましい群像劇「子猫をお願い」
主人公の女の子たちと同年代(20歳)が見るよりも、それを通り越した大人達が見たほうが、味わい深いんじゃないかな?
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