岡崎京子展:戦場のガールズライフ@【腐れサブカルと呼ばれたクイーン】

漫画ジジの第10号記念パーティーで岡崎京子について話すことになった。
以下は、その原稿のようなものです。

 

岡崎京子展:戦場のガールズライフ:東京未来都市計画

岡崎京子。1963年生まれ。二つ先輩だ。
東京オリンピックの前年に生まれ、まだまだあやふやな時代の戦後チルドレン。
住宅地と住宅地の間には空き地があり、テレビが強い力を持ち
夕焼けがどの街にもあった頃。

高度成長を終え、シラケた70年代。

僕は九州の山猿で、岡崎京子先輩は花の都「東京」ガール。
まあ、いろんな格差はあるだろうけど、そこはほら20世紀。
世界全体が工事中だったから。

小学校の頃、TV漫画と週刊漫画、それを集めたコミックス。
4年生くらいになればそれにエロ本が足されるんだけど。
友人たちの間をぐるぐると回るカルチャー。
ひとりぼっちで読む快感。

手塚治虫が神だった。
コミックスを手に入れに遠くの本屋まで電車で行った。
大変そうだから漫画家にはなりたくないけど、手塚治虫になりたかった。

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岡崎京子展:戦場のガールズライフ:80年代のアップダウン

 

1980年代はカスだと言われてるらしい。1984〜とデビットボウイが歌ったライブ盤を聞いて始まった僕らの20代はDCブランドの時代。
ニューウェーブの時代。

収入は20万もないのに、家賃や生活費払った上で、3万円もするジャケットやパンツを買うために、入場規制のかかったファンションビルに並んだ。セール。

23歳頃。80年代の中ば。僕は東京にいた。
バブルはまだ来てなかった。でも、世の中は欲しいものに満ちていた。
欲しいものを買うために働いてた。
お金で買えるものに幸せは確かに存在した。
どうしようもなく貧乏で、水を飲んで生活していたとしても、なぜだか欲しいものがあり、それを手に入れられると信じてた。

 

新しい音楽にも心を躍らせた。
めんたいロックという古臭いものを新しくする音楽の動きに反応した。
それはすぐに古臭いものと感じるようになり、
イギリスの若いバンドの音楽を探しては情報交換をした。
チェリーレッド
ラフトレード
あさりまくり。

憂鬱な電子音やヘッタクソなギター。ヘタウマてな言葉が、もうあったのかもしれない。
誰よりも先に見つけたいという欲望から、しょーもないLPをたくさん買ったものだ。

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岡崎京子展:戦場のガールズライフ:永遠のヌーベルヴァーグPINK

岡崎京子先輩の漫画を知るのは大人になってから。だった気がする。

今ではこんな51のおっさんだけど、雑誌はりぼん、流行通信、CUTIEが好きで。
おしゃれな女の子のカルチャーの一つとして出会ったと、思う。
覚えてない。

作品として最初にまとめて読んだのはピンク。
ワニを買ってる女の子。ホテトル。
悲劇的だけど甘いエンディング。
可愛くて可愛くてたまらなかった。

初めて会う女の子には「PINK」をプレゼントすることがある。
これを気に入ってくれるかどうかで、友達になれるかを計ってた。

 

 

1965年に生まれた僕らには携帯電話はなかった。
リビングに置かれた、ぐるぐると巻かれた電話線。それを限界まで伸ばして襖越しに彼女とトーク。その後「子機」という夢のような発明がされ、僕らは自室にこもりはじめた。

「ネクラ」という文化の始まりだ。

戸川純というアーティストが、庭石の裏でうごめいていた虫のような存在に光を当てた。光に耐え切れず死んだ人もいるけど。

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岡崎京子展:戦場のガールズライフ:再び時代は灰色のコートをまとう

1990年代は馬鹿騒ぎの終焉。

上がり続けると信じていた収入はあっという間に下がり始めた。
楽な自営業をやってた僕も引き潮に飲まれていった。

 

くちびるから散弾銃や東京ガールズブラボーで語られていた欲望は、DCブランドやワイン、リゾートから川辺の死体へと変わっていった。
多くの刺激と欲望は資本主義消費社会をくぐり抜けて一回りして、地に隠れた。

暴力でしか愛し方を知らない世界には、あちこちで戦争が起き始めた。
服従と隷属と威圧。
それでも愛を探した。
時代は再び灰色のコートを纏い始めた。
真っ赤な厚い唇がぬめぬめと動くことだけが救いだ。

 

岡崎京子先輩の生き生きとした線、乱暴な線、抜けた風景、感情的なエッジはだんだんと影を潜め、建設途中の高層ビルを書き込み、庭の水撒きを計算され尽くした構図で描く。
真っ黒な闇の中に、一行のモノローグ。
表情をなくしイラストレーションのようにハイセンスで美しくなる絵とキャラクターたち。流す涙でさえフィクションの勢いを感じる。
くちびるは厚くなり、線は整理され、躍動感とは懸け離れた絶望を含んだ絵になる。

僕はとても好きなんだけど。

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岡崎京子展:戦場のガールズライフ:うたかたの日々の泡

岡崎京子先輩が描いた「うたかたの日々」。

世界で一番悲しい青春小説とされるボリスヴィアンの原作を、これ以上ない美しさと残酷さで書き上げた一冊。
原作が大好きだった僕でも、今では漫画の方が好きだ。
人生のアップダウンを壮絶に書き貫く「ヘルタースケルター」を、遠くから見守ったような質感の「うたかたの日々」。

知らない人に勧めるなら「PINK」と「うたかたの日々」だ。

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岡崎京子展:戦場のガールズライフ:成熟した21世紀は腐敗臭すらしない

1996年。
岡崎京子先輩は事故に遭い、今も療養中。
彼女がいない間に20世紀は終わり、電話機はリビングを離れ、インターネットで世界の裏側にまで行けるようになった。
あらゆるものが横並びにされ、吟味され、
賞味期限をつけられ、破棄されるようになった。
想像力を発揮する前に現実がわかり、バーチャルリアリティーをリアリティーが超えることは少なくなった。

物欲は「悪しきもの」になり、数百億の資産を持つ若手実業家は地下鉄で通勤する。
貧乏人は金持ちを恨まず、さらに弱い貧乏人を許さない時代になった。

あの日「こんな美しいものが買えるなら、どんなことをしてもお金を稼ぐ」といった少女は今、何のために働いているのだろう。

20世紀は過去のものとなり、社会は成熟し、自己再生をする機会すら与えられなくなった。
岡崎京子先輩がお休みしているこの20年で、世界は緩やかな自殺から、手をつないだ集団飛び込み自殺へと形式を変えた。園子温の映画のように。

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2017年1月22日まで 岡崎京子展あってます。
ぜひ!>>>

僕もあと何度か行きます。





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