うたかたの日々/ボリス・ヴィアン:フランスかぶれ
20歳。
僕は大学を辞めてデザイン事務所でアルバイトをしながら、いつくかのバイトを掛け持ちしていた。
その中の一つ「輸入レコード&レンタルレコード」という魔境なお店でバイトしていた時、常連さんに「フランスかぶれ」なお姉さんがいた。
彼女は物知りで、フランスのラジオを録音したテープや、音楽だけでなくフランスで今流行ってるものを紹介する「フランスボックス」という企画をやっていた。
フランスといえばフランスギャルやゲーンズブールしか知らない僕にいろんなことを教えてくれた。
そのお姉さんが勧めてくれたのが「うたかたの日々」という小説。
海外文学なんてかっこつけのために持つだけのものだと思っていたけど、この小説はなんというか、僕の許容範囲を超えていた。
簡単に言うと、ワケワカンナイ。
どちらかというと「スノッブ」なボリス自身のいろんなエピソードや、彼の残した歌やトランペットの方に興味があったなあ。
ね、人生にイラついて、かっこいいことだけ探してるバカな二十歳そこそこが惹かれそうなルックスでしょ(笑)
あとは「俺はフランス文学の、世界でも全然有名じゃないボリス・ヴィアンが好きなんだ」なんていう浅はかすぎる自己愛。痛いね。
彼は心臓の病気でトランペットを諦め、文化の中心地サンジェルマンデプレに出入りし、ジャズを愛し、批評をし、小説を書き、クラブであった美人と結婚し、歌を歌い、嘘をつきまくり、古い輩をぶちのめし、自分の小説が映画化された試写を見ながら憤死した。商業的な成功は死後。
どれを取っても「かっこいい」としか反応できない田舎の二十歳男子、それが僕。
ちなみに小説には二つの翻訳があり、最近また新訳された。まだ読んでない。
うたかたの日々とは一体何?
20歳。親の残した財産で一生遊んで暮らせる主人公のコラン。豪華な家に住み、不思議な機械で遊びほうける。パーティーであった女性クロエに恋をして結婚する。
幸せなデート。
幸せなパーティー。
ありあまる富。
そんな奴らの話、誰が読みたい?(笑)
ところが幸せはあっという間に消える。
胸に蓮の花が咲いてしまう病気に成るクロエ。
治療費がかさむ。
友人は金を借りに来るだけ。
「労働」と「成長」を嫌悪して生きてきたコラン。
その最も憎むべき二つを、彼女のためにやらなきゃいけない。
普通なら「遊び呆けていたバチが当たったんだね。かわいそう」なんて話だし、つらい労働を通じてクロエへの愛が本物であることを確かめる、そんなエンディングもありだと思う。
世の中は成長物語を溺愛してるから。
ところがコランと労働は最後まで忌み嫌い合う。この小説に出てくる労働は本当にひどいものだ。労働なんて人間のするものじゃない。心を持つ生き物が心を轢死させるためのものだという。
成長もそう。
女の子が結婚して子供を産む。
胸に蓮の花が咲いて死に至るなんて、全くもって「妊娠」「変化する女の子の体」への恐怖と嫌悪でしかない。
そして
結婚は、死だ。
という結末。
もしかしたら小説よりも有名な序文
人生では、あらゆることについてアプリオリな判断をすることが大切だ。そうすれば、大衆は誤り、個人は常に正しいってことがわかるだろう。
でも、そこから行動のルールを導き出すなんてことは避けるべきだ。従うべきルールなんて作る必要はない。
ただ、2つのものがあるだけだ。
1つは恋愛。とにかくかわいい娘との恋愛。
もう1つは音楽。それもニュー・オリンズかデューク・エリントンの音楽だ。他のものはなくなってしまえばいい、醜いんだから。
そのまんま、だ。
それは例えると「キャシャーン」という映画が、当時監督夫人だった宇多田ヒカルの描く「誰かの願いが叶うころ」のPVだったということに近いかも(笑)
2回映画化もされた。
最初の作品は見ていない。物凄く見てみたい。
最近ではミシェルゴンドリー監督が、かなり素晴らしい映画にしてくれた。
ただ、こんなハッピーな、もしくはアメリ的な映画だと思ってみたら、頭がグラングランする。後半の「心理的、経済的に落ちていく」感じが、そのまま物理的に変わっていくシーンなんか、見もの。
日本でもクロエというタイトルで、設定など色々変わってるけど映画化されてる。これもなかなかの傑作。さすが永瀬正敏という感じ。普段は嫌味な感じのともさかりえも素晴らしい。
サントラもJPOPから生まれたピアノって感じで、なかなかいい。
うたかたの日々/ボリス・ヴィアン:まずは岡崎京子からでも
天神のど真ん中で岡崎京子展があってる。(1/22まで)
20世紀末、不慮の事
うたかたの日々/ボリス・ヴィアン:まずは岡崎京子からでも
天神のど真ん中で岡崎京子展があってる。(1/22まで)
20世紀末、不慮の事故により現在も休筆中の、いち少女漫画家に僕は魂を持ってかれてる。
個人にとって漫画を含むいろんなカルチャーは、それに触れた時期というのがとても重要。
十代の頃出会っていても、岡崎京子にはまったくピンとこなかったかもしれない。東京一人暮らし&貧乏を体験した後、岡崎京子「生きるエネルギー」の漏電状態の漫画に触れた時、僕の中で化学反応が起きた。
そんな「イケイケマテリアルガール」的側面を持った岡崎京子が挑んだ大傑作が「漫画版:うたかたの日々」だ。
世界観という言葉は安直すぎるけど、岡崎京子はこの小説の「コア」な部分に反応して書き上げてる。本当に美しいし、本当につらい。
ボリスヴィアンの「うたかたの日々」は、言ってみれば少女漫画家もしれない。
ボリスヴィアンの文章は、結構がたがただ。読みづらい。
翻訳の方も大変だったと思う。
なので、まず岡崎京子版を読んでみるといい。
そこから感じる
- 生きることのはかなさ
- 年老いる恐怖
- 労働の嫌悪
そして、その絶望から溢れる甘美な毒に首までつかると、きっと新しい自分に出会える。
それは希望的な絶望かもしれないし、
世界から自己を遮断するATフィールドかもしれない。
「世界なんて自分とは関係ない」と信じきるための処方箋になる。
そして、そんなあなたを世界は逃さない。
追:
ボリスヴィアンは「大統領どの」という歌の作家としての方が日本では有名かも。
この歌は、今の日本で歌われるべき歌だ。
そして、素晴らしいジュリーのカバーも。
【609号室】ガーリーおじさんはまったく役に立たない2017
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