21世紀も15年目になりましたが、ここで質問です。
現在のところ、21世紀最高の大河ドラマはなんでしょう?!
●最高視聴率を保持している『篤姫』? ・・・ノン。
(スイーツ大河の最高峰であることは認める)
●ここ福岡もご当地のひとつに数えられた『軍師官兵衛』? ・・・ノンノン!!
(歴史大好き岡田准一くんを無駄遣いしやがって・・・ギリリ)
●のちに『るろうに剣心』も手がけた大友啓史監督の『龍馬伝』? ・・・ノンノンノン。
(福山雅治を毎週タダで見れたのは眼福でした)
●じゃあ、逆に最低視聴率と世間にバッシングされまくった『平清盛』? ・・・いやあ。
(私は大好きでしたよ、古代末期のカオス感がすばらしかった)
●綾瀬はるかのガンアクションが見ものだった『八重の桜?』 ・・・うーん、惜しい。
(7月で完結していれば第1位を献上してたかも!)
それは、それは、2007年に放送された『風林火山』です!!
(・・・あ、もちろん私の好みの話をしてるので。異論は認める。)
これね、これね、脚本も演出も時代劇の迫力にみちていて、とことん男臭く、戦と謀略で血がたぎり、下ネタの入れ方も抜群な、本当に、大河ドラマらしい大河だったんですよおおおお!!
主役の山本勘助は、内野聖陽。言わずと知れた、日本を代表する舞台俳優のひとりですね。
勘助が仕えた武田信玄には、市川亀治郎(当時)。今の四代目猿之助ですね。この人、風林火山でブレークしました! それまではハッキリいって無名でした。風林火山がなかったら、猿之助の襲名もなかったでしょう。風林火山に足を向けて寝られない人です! 私はこの人が大好き! だから私も風林火山に足を向けては寝られません!!(意味不明)
信玄のライバル、上杉謙信には、Gackt。ガクト。がっくん。これがなぜかハマっていたのですよ! そして視聴者にもめちゃ愛されていた。がっくん自身もノリノリで、その後も今年2015年に至るまで、新潟の「謙信公祭り」に謙信コスプレで参加し続けています。
ああ、風林火山。思い出すだけで武者震いがしてきました。2008年以降は、日曜8時からの放送を見るたびに「風林火山は良かったよなあ」と肩をすくめてため息をついてみせるのが、“江戸しぐさ”ならぬ、“大河オタクしぐさ”なのです。
・・・と、オタオタしさ全開の文章を書いてきましたので、ここまではかるーく読み飛ばしてもらっていいんですけど(先に言え)、
この手の暑苦しさって、普通、引くじゃないですか。
オタク本人にも、それはわかってるんですよ。
だからリアルでは基本的に伏せてました。
「大河ドラマを見るのが私のライフワークです!!」なんて言わない。
私も、ピチピチの20代でしたからね。(ピチピチって死語だな)
リア充ライフを楽しみたいお年頃でしたからね。
ところが、忘れもしない2007年7月14日土曜日、付き合ってまだそれほど月日の経たない恋人からのデートのお誘いをケンもホロロにお断りする私がいたのです。
「ごめん、今日、仕事終わったらDVDレコーダー買いに行くけん。帰ったら配線せないかんけん」
当時わたしは独り暮らしで、ハードディスクレコーダーを持っていなかったのですね。
「え? なんで急にそんなもん買うと?」
「だって明日、『風林火山』が山場なんだもん。上田原の戦いなんだもん。板垣信方が戦死するんだもん」
「え? え? え?」
恋人は混乱しながらも、「じゃあ、明日は遊べる?」と聞いてきました。
「いいよ、でも夜8時はテレビの前にいたいけんヨロシク」
「えっ? 録画するんじゃ?」
「リアルタイムでも見るし録画もするとよ!!」
恋人は、好きなアーティストはミスチル、好きな漫画はワンピースというような、昭和50年代生まれ日本人の平均値を具体化したら彼になるんじゃないか、てな具合の人です。
なぜ、あのとき彼に対して、あんなオタク発言が次から次に口をついて出たのか、よくわかりません。
普通に考えて、完全にフラレる危機でした。
が、なぜかその1年後、2008年の7月に私たちは結婚式を挙げ、今に至ります。
夫は相変わらず大河ドラマに興味はありませんが、毎年、知らず知らずのうちにその年の大河のテーマ曲を口ずさむぐらいには、洗脳されています。
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