能年玲奈:ホットロードのTV放送で久しぶりに見た
TVをつけたら、前時代的なヤンキーたちが集団乱闘をしていた。
でくのぼうな感じの主演男性が「角川映画」を思い出させる中、すらりと伸びた手足と眉間のシワと、いらだちとさびしさを抱えてまっすぐにこちらを凝視する能年玲奈を見た。
やっぱり能年玲奈は、この世界にいなきゃだめだよ。
新しい作品をみたいなあ
と思ったのは数日前。
能年玲奈:消えたあまちゃんインタビュー&撮り下ろしを発見
朝。通勤時のコンビニで雑誌コーナーをいつものようにチェック。
写真週刊誌の生き残り「フライデー」の表紙が目に入ってきた。
男性紙、おっさん紙、袋とじ雑誌には反対してるので普段は買わないのだけど、これはもう手にいれなければ。
ささっと立ち読みして、購入。
きっとこのニュースを待ってる人が「私の人生、私のもの」読者の中にもいるはず。
能年玲奈は、ヘアヌードや政治・選挙などの腐れきった記事の中で、輝いていた。
能年玲奈:「のん」に芸名を改めて再出発します!
インタビューの中で能年玲奈は
「能年ではなく『のん』になりました」と言っていた。
新しい名前を決めたのは7月上旬らしい。つい最近だ。
地元兵庫県から上京していたお母さんと妹にこのことを話すと「かわい〜」って言われた。楽天家の母に助けられてると。
今は、仕事の予定もない。
でも準備のためにいろいろレッスンをやってるらしい。
発声とかクラシックバレエとか。
顔真似とかお裁縫とか。
あまちゃんが終わって、キョンキョンにミシンをもらったらしく、そこからいろいろと。
パターン通りに作ることからはじめて、今ではオリジナルドレスを作ってるそうだ。
能年玲奈:最近のヒット作(?)おそ松さんコスプレ写真について。
やるからには生半可な真似はできない!とディティールにこだわって丁寧に作り上げたそうだ。
ヤフーのトピックスに上がった時は大喜びだったそう。
能年玲奈は「ものづくり」が好きでたまらない。
オリジナルのドレスも、役作りも多分「作り上げる作業」への半端ない情熱の賜物。
作曲にも興味があると書いていた。
ただ、それと反比例して
「自分のことをうまくしゃべること」がとても苦手らしい。
取材に恐怖を感じると告白していた。
特に洗脳〜事務所独立〜芸能界からの抹殺などの恐ろしいキーワードを持って取材に来るジャーナリストには
追い詰められる感じがした
と。
それは当たり前かもしれない。
TVで時々見るレポーターたちの剣幕と「我こそが正義!我こそが報道の自由!」という暴力を目の前にしてうまくやれるのは相当難しいこと。
能年玲奈:彼女は消えない。きっと痛々しく、みずみずしい感性で帰ってくる。
もう23歳だし。頑張ってしゃべろう。
そんな決意をしなければ、やっていけない芸能界。
気持ちを言葉にするときに「これで伝わるのだろうか?」と思い始めたら、言葉が出なくなり
ぶっきらぼうだ・偉そうにしてる
なんて言われる。
それが怖くてまた口をつぐむ。
10代や20代の初めの女の子に、社会という名の怪物は「正しく・いいなりで・何があっても私たちを幸せにしろ!」と命令し、攻め立てる。
1億総袋叩きの時代。
持ち上げて落とすのは団体主義・全体主義の日本人ならではの癖。
釘が出るように差し向け、出た釘をネジ切る。
自分たちは夢のない対岸でそれを安心して眺めてる。
このインタビューだけでは、彼女の復帰はなんとも言えない。
そんな世界だから。
人に幸せを与えるのが仕事じゃない。
人の笑顔に踏みにじられるのが仕事じゃない。
女優の仕事は、素晴らしい作品作りに加担すること。
能年玲奈の演技が素晴らしい!などという気はない。
それは見た人が判断すること。
彼女の残した作品はあまりに少なく、あまりに不遇だ。できの悪いものもあった。
でもそんなもんだろう。
できのいいもの。
できの悪いもの。
傑作・駄作。
儲かったもの・儲からなかったもの。
いろいろあるさ。
それが人生だろ。
能年玲奈の瞳が暗闇に愛されすぎないように願う。
能年玲奈の笑顔の、その裏の悲しみばかりが語られることを嫌悪する。
そして、不器用な人たちが「うまく生きていくこと」を強要されないことを祈ってる。
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