この世界の片隅に:感想【奪われる日々に思うこと】能年玲奈(のん)の日々と名前

この世界の片隅に:素晴らしい感想がネットに溢れる

映画を見た人が、それぞれ自分の考えをたくさん発表してる。
それを読まないように努力して(笑)まずは自分の思ったことをいくつかのポイントで書きたいなと思う。

どんなに話しても終わらないだろうし、きっと100人が100人、微妙に違う感想を持てるんじゃないか?っていうくらい寛容性に溢れた映画だったから。

  1. 当時の結婚というシステムにおいての違和感
  2. 空爆という行為と兵器の進歩
  3. アニメーション映画を作るということ
  4. 能年玲奈のカムバック
  5. この映画は「反戦」か?

長くなるけど、ぜひ。映画を見た後、見る前に。
本当はエロティックな生命力とか、知恵についても書きたかったけど(笑)

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この世界の片隅に:時代は変わる?理不尽は終わる?

一人で誰も知らない町に来て、苗字を変えて、働き手として「他人の家族」に参加する。
それがその時代の「結婚」。
知らない人から「求められて」初めて、女性として(戦力として)認められる時代が確かに、ついさっきまであった。
戦争で奪われる平穏な日常の前に、「結婚」によって人生を普通に奪われる可能性があり、そのシステムは当たり前として存在した。誰かを選び、自己責任(笑)のもと人生の苦楽を共にする旅を始めるわけじゃないのに、多くの女の子たちは耐えて、乗り越えて生きた。

「この世界の片隅に」のように、嫁いだ先がいい人達だったのは単にラッキーだっただけかもしれない。そんな時代。

すずさんが「ちょっと抜けたキャラクター」として描かれてるのは、戦争の悲惨さを増幅させるために「結婚という女性詐取」制度を少し薄めるためじゃないかな?(それでもしっかり描かれてるんだけど)

戦前、戦中の暮らしは想像でしかないけれど、朝早くから夜遅くまで働きづめだった人達の生活の様々が淡々と描かれている。
洗濯も炊事も、もちろん食料品の調達も座りながらできる現代とは違う。時代は変わる。

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この世界の片隅に:空爆をする人達の仲間にはやっぱりなれない。

空を飛んで、敵機が来る。
警報は「逃げろ」という。どこに?
逃げられない人達に向かって、爆弾を落とす。
戦いを勝利で終わらせるために。

大切な国民の税金で作る武器だから費用対効果を考える。少ない予算でどれだけの命を奪えるか?研究は続く。

爆弾、焼い弾、時限爆弾、原子爆弾。空からどんどん、降ってくる。
逃げられない人達の家を、畑を、思い出を焼き、食べ物を奪い、命を奪う。

この世界の片隅にで描かれる空爆シーンの美しさ。
すずさんは、筆で絵の具を「ビュン」と叩きつける。
鮮やかな色の飛沫。

とてつもない恐ろしい現実を前に、人はそれぞれのやり方で逃げる。
絵の得意だったすずさんは、描けないフラストレーションと合わせて、描く。

本当に恐ろしいものを、こんなに印象的に描ける物語。すごい。
爆発は記憶からなくなるけど、この鮮やかな逃避が描く恐ろしさは消えない。深いところに入り込む。

どんな理由があっても、空から爆弾を落とす人達の仲間にはなれない。

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この世界の片隅に:アニメーションという技法

本当に美しい映画。
リアリティてのは、精密描写じゃないんだ。
光や影など、自然の持つ美しさを再現することじゃないんだ。

世界を見て、感じる印象を再現する。
見えてるものを描くのではなく、感じたものを描くんだ。

アニメーションには本来そんな力があるはず。そこにあるものすべてを写し込む実写映画ではなくて、感情を絵にして訴えることができるから。
近年のアニメーションは、本物そっくりの「嘘」の技術を喜ぶあまり「プラネタリウムみたいな星空」を求めてるんじゃないかな?

違う。

世界の全てなんて見えないし、目の前のものでも、遠くのものでも、見ようとしてるもの以外はピントがボケてるはずなんだ。それが「寛容」だと思うのだけど。

その、本物そっくりを100点とする世界。
「寛容性」を失い、おぼろげなものを許さず、賞賛か袋叩きかのどちらかにしか反応できな人達を多く作り出していることと、全く関係ないとは思えない。

感じたままの世界を、語っても、描いてもいいんだ。

白波のうさぎ、爆撃の鮮やかさ、タンポポの綿毛、遊郭の香り。蟻の行列。
リアルとは離れてるかもしれないけれど、主人公すずさんの目から見た世界にブレがないから、僕らは映画を見ながら彼女になれる。

映画の中で、彼女を体験する。

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この世界の片隅に:名前を奪われた能年玲奈のカムバック作

主人公すずさんを演じる「のん」。能年玲奈という本名を奪われた女優さん。彼女の声がなかったらこの映画の普遍性や親しみやすさ、そこからの残酷さをここまで美しく強く描けなかったんじゃないだろうか?

小さな島国のTVや映画界から「無視」され続け、いなかった人にされても彼女は負けなかった。場所と名前を奪われても笑顔を忘れなかった。

爆弾で奪われた右手を、もう一度生やしてやる。そんな感じ。

もっともいい映画で、声だけの出演で。
最高のカムバックだ。
もう誰も彼女を無視できないだろう。

たった一箇所、感情を爆発させるために抑え続ける演技。
「しょうがない」と思い込もうとして耐えてきたことが崩れ去るその時に溢れる感情。流れる涙。

青春は、疾走なんてしないんだ。
淡々と、日々過ぎていくんだ。
でも、奪われたことに気づく時、身体中が悲しみの涙を流す。

すずさんは奪われた生活や日常を、これから少しずつ取り戻していくだろう。能年玲奈もそうあってほしい。

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この世界の片隅に:戦争は奪うだけ。立派な反戦映画。

  • 戦争は誰のためにもならない
  • 戦争は奪うだけで何もくれない
  • 戦争はじわじわと下準備をして、あっという間に始まる

勝っても負けても、誰かが死ぬ。敵も味方も、誰かが死ぬ。
何かが壊れ、失われる。
淡々とした日々の中、積み重ねてきたものが、あっという間に吹っ飛ぶ。
戦争が始まっても、みんなは知らない。
遠くの空で、遠くの海で、ドンパチやってるんだろうと思うだけ。
でも、遠くの空はいつか自分の家の前になり、遠くの海はいつか自分の町になる。

誰かがどこかで、見知らぬ誰かを殺す。奪う。それが戦争。
誰かがどこかで、見知らぬ誰かに殺される。それが戦争。

 

もちろん、人は何度も戦争に耐えて生き延びた。
耐え難きを耐え、生きてきた。
それは有意義なことかな?
絶対違う。

人は何かを作り、楽しむために人生をおくるべきだ。

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