オタクについて考えてみた【議論01:古参とにわかの溝はなぜ生まれるか】

クリスマスにすき焼きパーティー。
久しぶりに息子が帰ってきたので、妻は大はしゃぎ(笑)

その時に議論になった(本当議論好きな家族やなぁ)ことを少しご紹介。

マオ(息子)曰く「オタクは群れない(リアルでは)」

会社で割と古くから仲良くしていたはずの人が「声優オタク」だったことをずっと言えなかった、という話をきいて

「そんな風に自分を隠さずに生きれる場所があるといいよなあ」と思い、(それはイヴの時間というアニメを見たからってのもある。)そういう場所って必要だと思わない?と息子に聞くと

「それはオタクじゃない人の考え方だね」と一蹴。
「同好の人が交流できる場を作ろうとして失敗するのはオタクを理解してないからだ」という。
ほお、その心は?

 

 

以下は息子の主張の要約。

その一例がガンダムカフェだと。

ガンダムには初代から、今までいくつものシリーズがあって、例えば

  1. 最初のガンダムが全てだという人
  2. 最近作で初めて好きになった人

がいるとしよう。
その二人の間には「全く興味がない人」よりも深い溝、遠い距離がある。
当然外の世界から見ると二人ともガンダムファンなんだけど、「最初のガンダムが全て:古参」と「最近作で初めて好きになった:にわか」という風に、内側から見ると全く違う。

当然二人に罪はなく(笑)
好きなものを好きだというだけのことなんだけど、古参にしてみれば「ガンダムが好き!」って言われると嬉しい。嬉しからつい、突っ込んで話をする。でも、にわかは「??」ってことになる。
つまり、自分の愛してるものを軽く扱われた印象を持ってしまう。
なのでもう、その話はしない・・・。

にわかにしてみれば作品を見て好きになって「好きです」って言ったのに、昔のあれが良かった、初代のここが優れてると言われてもピンとこないし、知らない話だ。
そこでなんだかケチつけられたように感じてもうそこには行かない・・・。

こうやって断絶が生まれる

 

好きだからこだわる。
こだわるからこそ、ほんの少しの温度差でも気になってしまう。

わかる気がする。

ロックファンの中でも、そういうのあるかも。
僕は割と全方位的に音楽が好きだ。好き嫌いはあるけど。
唯一マニアックに好きなものは「キンクス」というバンド。
大ヒットもあるけどセールス的に冴えないバンド。
「キンクスが好き」と言われると、そごく嬉しくて同調する。でもその人が大ヒット曲一曲しか知らないとなると、そのあとしゅんとする。
大人だからまあ、その辺は対応できるにしてもね。

オタクの「古参」と言われる人は、傷ついたことがあるんだと思う。
対象物への愛情の強さによって。

 

そーかー。
同好の人たちが気軽に集えるイベントやスペースがあるといいなあと思ったのは、外側から見てる僕のおせっかいだったのかもしれんね。

まだまだ話は続くのだった。





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