つい今しがた仕事の打ち合わせから帰ってきた。
40代の代理店社長と、クライアントの常務さん、そして私。
代理店社長に付き添いで来た、一生懸命にメモを取ってる20代前半の青年。
それが打ち合わせのメンバー。
打合せの最中に話題が逸れて、近頃の20代について議論が始まった。
「何に興味があるの?」「車ほしくないって本当?」
「ブランドもので揃えてると笑われるんだって?」
最近ニュース等で聞く、若者の生態を確かめようと40代後半の2人が問い詰める。
「はい。とにかく平穏に生きて、無駄遣いしたくないですね。」
と、返す若人。すると、その上司は
「無理(借金:昔は未来への投資と呼んでいたらしい)してでも良い車、良い服、良い家を求めてた頃とは違うんだよなぁ。団塊世代と彼らでは価値観が全然違う。両ターゲットの趣向が共通することは難しい。」と、渋い顔をしている。
「彼女とかに、見栄を張りたいときもあるんじゃない?」
と、言うと、
「いえ、まったく。むしろそういうのは、引かれちゃいます。」と苦笑い。
彼ら若人は徹底して、バブル期の美徳を否定する。やんわりと。
私たちより先人が、その当時は良かれと思っていたギラッとした脂っこい価値観に、大義を見いだせず、「やってみろよ」などとは到底言えず。
あまりにも堅実で面白みのないオフタイムを過ごす彼に寂しさと
そんな世の中に何とも言えない不安と恐怖を覚えたまま、仕事の本題へ戻った。
その打ち合わせが済んだ後、別の打合せがあるということで
場所を変え、改めてその若人と話すタイミングができた。
背が高く、スラッとして顔も端正。問題なく、いやかなりイケメンである。
これで仕事もできるとなれば、黙っていても女性が寄ってくる、だろう。
しかし、彼が言う。
「どうやって知り合うもんなんですかね?異性と。実は全く出会いがないんです。」
彼は地元が遠く、つい最近この街に来たらしい。
仕事場と自分の部屋の往復が日常。
社会人になって、プライベートが孤独であることに悩んでいた。
どうアドバイスしていいものかわからず、ちょっと困ってしまった。
大通りの広告トラックでみかけた「NO!恋愛離れ」なんて書いた出会い系サイトの広告が頭によぎったが、それはちょっと無責任。
自分に置き換えて、
20代の自分を思い出してみた。
私の20代前半といえば世紀末から2000年に移り変わるあたり。好きだったのは狭い箱部屋の中で聴く、大音量の最先端でマイノリティな音楽だった。
一人で親不孝通りを徘徊しては、立て看板のイベント内容をチェックして、小銭で1杯のモスコミュール片手にスピーカーの目の前で頭を揺らしていた。
狭い真っ暗な空間で、メンソールのたばこの煙と、粉っぽい涼しげな香りに巻かれてフラフラ。灯りはブースの正面に数個しかないロウソクのみ。
あの空間が大好きで、よく通っていた。
そのころは、今でいうコスプレのような人たちも多かった。曲のジャンルに合わせて服装も変わる。例えばパブロックやジャズ、スカが聴きたきゃ細身のスーツ。オールド、ミドルスクールが聴きたきゃカルカーニ、ブラックシープ。ステューシーや黒づくめのボンテージ衣装ならダブにハウス。それぞれの棲み分けがあった。
もちろんジャンル抗争みたいなこともあった。バンドマンと喧嘩するB系、路地でステップの練習してるロカビリー達に罵声を浴びせるマハラジャ帰りの玉虫みたいな色のダブルのスーツを着た人たち。
何もかも混沌として、楽しくて新鮮で刺激的だった。
好んで通ってたのは、ジャズやレア・グルーブのイベント。一枚のレコードが高価なレア音源を新しい感覚で選曲したものを聴かせてくれていた。もちろんノリやすい音。昔の音を発掘して聴かせてくれるなんて、なんてありがたい場所だ、と嬉々として楽しんでいた。
スタンド・バップ、ラボ・シータ、ラボジー、キースフラック、O/D、などなど。
通ううちに、知り合いも顔見知りも増えていく。(女性に話しかけるのはニガテだったので男性多し)こないだはどうも。あの曲イイですよね。あの有名人も来てましたよ。そういう話を耳元に大声で話す。そして彼らと共通の話題が増えていく。
今度うちらでもやってみますか?イベントの企画に呼ばれたりもした。
オドオドしながら裏方を手伝ったり、のちに有名になったシンガーやDJに挨拶したり。
プロモーション用のラベルがついていないレコードをもらったこともあった。
慣れてくると、選曲しているDJに直接「この曲イイですね。なんて曲ですか?」とブース越しに質問したりしていた。喜んで答えてくれる。居心地のいい場所になっていた。
当時はこういう「社交場」があって、私はそれを有効活用できていた気がする。音楽もファッションも、使う会話にもその時の流れがあって、それがすべてそこから手に取るように理解できて、「ああいうのには手を出さない方がいい」とか「アレが新しい」とか、本や雑誌で必死に追う必要がなくても、その時の流れを感じていた。
5年以上は続いたマイブーム、ナイトクラビングも、陰りが見えてくる。
馴染みのDJがすこしずつ姿を消し、細かい派閥に絡まれ、ビジネスの話に誘われる。
音楽を聴きに行きたかっただけの場所に余計なものが増えすぎていった。
コレクターやってたほうがマシだ。と思うようになってきた。
本分である仕事で自分の時間が占領されていく頃、もう、暗くて心地よい場所を探すことができなくなっていた。風営法で時間も制限され、流れる曲も、来る客層も変わり、退屈で刺激がないものになっていったからだ。
もう、自分の社交場が、社交場としての役目を果たさなくなっていた。
そして現在、家族も仕事も前進あるのみの日々を送り、その当時を思い出すこともなくなっていた、そんなある日、仕事のあとの会食で出会った映像作家さんの会話のなかに「O/D」という言葉が出てきて、それを聞き逃さなかった。
当時彼は、その頃VJ(DJの曲に合わせて即興で映像を合わせる人)をやっていたらしく、共通の知り合いがいた。アルファベットで綴ったその名前を同時に発した時、大笑いしてしまった。「あの頃を知る君とは、もう友達だ!」と一気に仲が深まった。 こういうこともあるんだな。
今でもその頃一緒に活動をしていた、仲間に会うことがある。会う人それぞれ個性的で面白いことをして、人生を楽しんでいる。そんな人たちとの繋がりが持てたことは、本当に誇らしい。財産だなと改めて思える。
…と、そういうことを頭の中でぐるりと巡らせて、
困った顔してこっちを見ているイケメン20代の彼に、アドバイスしてみる。
「クラブ、ちょっと行ってみたら?」
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