僕たちは希望という名の列車に乗った:感想【自由とは?同調圧力とは?何年か先の日本のような東ドイツの青春映画】

 

僕たちは希望という名の列車に乗った:今この国で一番見るべき映画

なんて言われるとうさんくさい?よね?わかるわかる。
でもね、これは見たほうがいい。

そして多くの若い人が「こいつらばかじゃん」って思うと思う。
今の自分たちの行動指針であるところの「事なかれ主義」「団体主義」「民族主義」に反旗を翻しているから。

お父さんお母さんはどうだろう?やっぱり「自分の息子はぜったいにこんな風にさせない」と思うかもしれない。
つまりこの映画は「絶望という地下鉄に乗った」いまの僕たちとは違って「希望という名の列車に乗った」若者を描いてるってこと。

 

 

僕たちは希望という名の列車に乗った:あらすじはシンプル

1956年、東ドイツのの高校に通うテオとクルト。
進学クラスともいえる頭のいい子たちのクラス。
労働者階級から抜け出せる可能性をもった子供達。親の期待、一族の期待をせおってる。
彼らはアメリカ占領地「西ベルリン」の映画館で「西側の自由な映画」を見にきたんだけど、ハンガリーがソビエト社会主義に反抗する民衆蜂起を伝えるニュース映像をみる。

若気の至り、かもしれない。
そういうことに敏感な年代だからかもしれない。
テオとクルトはクラスメイトに呼びかけて授業の開始時に2分間の「自由を求めるハンガリー市民に共感する」黙祷を実行した。
彼らの住む場所はソ連の影響下に置かれた東ドイツ。
不安定な社会主義国家はそういう小さな「反逆」を許さなかった。

校長先生は、なんとかこの「希望の子供達」をまもろうと「ただの子供のいたずらですよ」的な姿勢で切り抜けようとするのだけど。

先生の密告により当局が調査に乗り出すことに。
ザ社会主義国家というイメージの大臣から「一週間以内に首謀者を告げなければ全員退学」と言われる。

 

 

なんとなく参加したもの、多数決による実行。
そんなつもりではない。
そんなことで人生を棒にふるわけにはいかない。
いろんな思いがあるだろう。

  • クラスメイトを密告してエリートへの階段を上がる
  • 信念を貫いて大学進学を諦め、労働者として生きる

このふたつの選択肢しかないとしたら??

 

 

僕たちは希望という名の列車に乗った:大人も子供も過去を乗り越えることができるか?

誰しも「過去」がある。
自由を求めて暴動に参加し、肉体労働でしか生計を立てられなくなった男。
家族を愛し、息子に期待するからこその悩み。

父を尊敬する息子。
その父が全てのアイデンティティだったのに…。

時代の変化で、情勢の変化で、仲間を売った過去。
それで手に入れた安定した生活。

 

とにかく、誰にも共感できる。
そうするしかなかったとしても、そうしたくなかったとしても。

 

冒頭で駐留するソ連の兵士に豆をぶつける子供達。
当然追いかけられ、捕まる。

「好きできてるわけじゃないんだ」

若いソ連の兵士の言葉。
そうなんだ。みんなだれも自由でいたいし怨みを買うようなことはしたくない。でも戦争はそういうもんだ。

大人たちは今を手に入れるための過去を、どう乗り越えるか?
子供達は「軽い気持ちでやってしまったこと」をどうやって乗り越えるのか?

 

 

「にせものの四葉のクローバー」からはじまり、青春のあまずっぱさも十分に描かれていて、たまらない。
彼らいいとこを目指すお坊ちゃんお嬢ちゃんのファッションもかわいすぎるし。
みんな可愛い。

それが社会の、国の弾圧により笑顔が捻じ曲げられる。

「この国にいてもいいことはない」とおもわせる描写がいちいち秀逸で、ほんとに熱心に情熱を込めて作られてるのがわかる。
映画は時代を考えさせる武器になる。

ただ、この映画はきっと、一番見るべきこの国の若者にはもう届かないだろう。
初恋と制服と胸きゅんにまみれて死にゆく子供達。
それを後押しする大人たち。

絶望という地下鉄はもう止まらない。

 

 

 

僕たちは希望という名の列車に乗った:ネタバレではないけれど

自由のために、たたかう。
なんていうのうはきっと愚かな行為で、愚かな行為は「世界を知りたい」という知的好奇心から始まる。
つまり、バカは愚かな行為をしないのだ。

世情を知り、自分たちにできることをやろうと思うのは、「世界を変えたい」という思いがあり、もしかしたらできるかも?と思えるような人たちにしか起こらない思い。

「もうどうでもいいや。世の中なんて変わらないし。今の体制に文句言うなんてめんどくさい。政治とか興味ない」

そういうバカからは湧いてこない願いだ。
だからこの映画は、この国では圧倒的に無力だ。

同時に描かれるのが「クラスメイトの同調圧力」でもある。
べつにやりたくもないけど、まあ、熱い奴が言ってるからしゃーないと黙祷に参加した人も多かったはず。
ここでは「反体制」への同調圧力としても描かれてるけど、「殉体制」への同調圧力の方がよっぽど染まりやすい。

でも最後は「各自で考えろ」という結論になる。
自分のことは自分で考えて、行動する。
そういう基本に立ち返る映画。

 

 

映画の原作はノンフィクション小説らしい。
著者はディートリッヒ・ガルスカ。自身の体験を記したもので、事件の当事者となった19人の生徒のひとりだそうだ。
劇中のクルトのキャラクターに彼の実体験 が反映されているという。





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