星野源の存在価値についての考察byタージリン先生【星野源をほぼ聞いたことないけど「いらねー」と思っていた】

こんばんは。ブログアパート管理人のサニーです。

 

八幡からの帰り道。
うちの近所に住むタージリン先生と3号線を。

先生は朝ドラと大河ドラマをみてる。
僕らは見ていない。

ふつう、これでは会話は成り立たないよね。
でも

「自分の知らないことを楽しげに話す人」「自分と違う見方をする人」と話すのがすきな僕ら夫婦は、びっしりと講義を受けることになった。

「ドラマは、縁です」

と先生は言う。

 

 

何かを見ようと思って見るのじゃなく、その時間、その枠に吸い寄せられて見るものだと。
その脚本家の前作がどうとかの前知識を調べず、もたず、今見たドラマの感想のみをツイートしてるそうだ。

その点朝ドラとかは「朝行動の一環」にするのが楽で、逆に見れない人「縁のない人」にとってはまったく関係ない世界。

 

前半と後半で制作会社が違うとか、初めて知った。
僕らが朝ドラを見ていたころ、は「ゲゲゲ」とかかな?

 

その中で当然、音楽の話になる。
僕は最近、邦楽を聞かない。ものたりなくて。つまんなくて。
中にはいくつか好きな人もいるし、歌もある。最近では「よふかしのうた〜〜〜!」って大好き。
泉まくらも好きだし。

今のチャート、TVで流れてくる音楽は、聴く人の低いレベルにあわせてプロが作る「低いレベルのアイドルポップ」だけ。
ほかの音楽や、洋楽に触れる機会はない。
友達にマニアックな人がいたり、お父さんがレコードコレクターだったりする人は別。

先生は「星野源」を聴く。
先生がライブでダンスする曲も「星野源を期待してたけど、振付の先生からパヒュームがきた」といっていた。

 

 

星野源。
顔がきらい。
恋ダンスってのもなんか、気持ち悪い。

あのアナーキーでリアリストなタージリン先生がなぜ、あの星野源をきくのか?
とても興味があった。

 

星野源は、子供達の耳に「レベルの高い音楽」を届ける仕事をしてる。

タージリン先生の説はこうだ。
朝ドラの曲(曲名は忘れた)なんかは、一番では非常にふつうにポップサウンドで、中版から後半にかけて、米英のアップトゥデートなサウンドをぶちこんでくるのだそうだ。

耳なじみのいいイントロと、ダンスの浸透圧と、自分という「親しみやすいキャラクター」を利用した宣教師なんだと。
ガパラゴス化したこの国のポップソングの服を来て、相手の心(子供の心も)を許させて、洋楽サウンドの「試食会」を開催しているのだろう。

僕ら時代でいうと「佐野元春」なんだそうだ。

 

 

ピアノの入ったロック。
サックスの入ったロック。
ヒッピホップをいち早く直輸入してくれたり。

今世界で起きてること、なってる音楽の断片を子供達の耳にとどけることで、「幅広い音楽を聴く可能性」をひろげてるんだそうだ。
なるほど!
なるほど!

すごくピンと来た。
テレビで歌ってるのを見たことしかないけど。

CDをすごく売ってる人。
その人には責任がある。
音楽を聴く耳を持った人を育てること。

なるほど!
すごくよくわかる。

 

 

ぼくが佐野元春から教わったもの。
佐野元春の扉をあけて入って来たアーティストもたくさんいる。
小沢健二もそうかもしれん。

だれかが「橋渡しをする」ことで「知らない人に届く可能性」があがるし、星野源の曲を好きになった人が、他所で同じような洋楽を聴いて「あれ?なんかこれ星野源に似てる」って思えば、もう大成功。

 

僕らが聴いてもきっとつまんないとおもう(笑)
それは変わんない。
きっと僕らが子供の頃、佐野元春に感激したとき、きっと大人たちは

「ギルバートオサリバンやん笑」

「ブルーススプリングスティーンやん笑」

「スタイルカウンシルやん笑」

ってなってたはず。

でも、初めて聴く子供達にとって、絶対的に必要なひとなんだなーと思う。
だって、そこに「扉があるよ」ってことを影響力のある誰かが教えてくれなきゃ、扉を開けることもできないもんね!

 

 

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