子供はスーパーで会議する【カート押したい争奪戦】騒ぐ子供たちへ

こんばんは。ブログアパート管理人のサニーです。

 

僕は子供が嫌いだ。
なぜなら子供は僕にちょっかいをだすし、お母さんにだっこされたままずっと下から見上げてりする。
背後に何かるんじゃなかろうか?と怖くなるくらいだ。

僕は子供が苦手だ。
なぜなら見ず知らずのくせになんあ話しかけてくるし、ぼくもそれに応えなきゃいけない気持ちにするからだ。

 

先日スーパーでのこと。

小学校中学年のおにいちゃんといもうと、それから幼稚園くらいのおとうとの三人兄弟がいた。
カートを押して買い物をしてるお母さんの手伝いをしたいのか、邪魔したいのか(笑)はわからないけど、カートの争奪戦になった。

「お前は危ない!」
「ずるい!おにいちゃんばっかり」
「小さいくせにうるさい」

なんていう小競り合いと罵声が。

僕は子供が嫌いだから、「子供はそんなもんだ」と思ってるから別にどうってことはないけど、怒るお母さんの声は怖い。
「うるさい!」「人の迷惑になるやろ!」という、よくある叱咤をしながら、それでもエスカレートする3人に

「じゃあ自分たちで決めなさい」

という伝家の宝刀?を使った。

 

こどもら3人はスーパーの片隅で競技を始めた

  1. 順番でやったらいいっちゃない?
  2. 順番は何できめる?
  3. じゃんけんにしよう!
  4. 時間は?
  5. 10数える間
  6. 10は短いよ20にしよう

競技の結果

「じゃんけんで勝ったものが20数える間、カートを押す」

というルールが決まったようだ。

 

ギャーギャー怒る声怒られる声はやんだが、その瞬間から

  1. 最初はグー!じゃんけんポン
  2. いえーい!勝った〜
  3. 1.2.3.4.5.6……の大合唱

が始まる。
それも楽しそうに。
延々とループする。

途中「数数えるのが早い!」

とかのクレームもあったようだか、その声は遠くなったり近くなったりした。
僕はLINEで買い物指示のきた「バスマジックリン」を探して右往左往してた(笑)

 

このことから僕はつぎことに想いを馳せた。

 

子供にとって、なぜカートを押すことが「楽しみ」になるのか?

カートは便利だ。
重たくなる買い物かごの重みを感じず移動ができる。
でも、僕ら大人は「カートを押すこと」を面白いと感じてるだろうか?
じゃんけんしてまで、その任務に就きたいと思うだろうか?

僕は思わない。
なぜなら「お買い物」は戦争だからだ。

「3000円以内に納めたい」などの経済的縛りから、「最近肉ばっかりたべてるな」なんていう家族の健康についての様々な問題。日本産が買いたいけど(そもそも日本産が安全という時代は過ぎてるが)ここは安い中国産、アメリカ産で我慢するか、という精神的な屈辱感などをビシビシと感じながら食材を選んでるからだ。

僕ら大人にとっては買い物は

  • 生きるための食料確保
  • 生き延びるための倹約

という難題をふくむ一大事なのだ。
カートを押したら、なんか楽しそうなんていう気持ちを感じる余裕はない。

 

子供らはスーパーのいたるところで、何かに変身したり、何かのダンスバトルに出場したりしてる。

子供にとってはスーパーは「厳しい、追い込まれた戦いの場」ではないのだ。
脳内ワールドの「離れ」のような場所なのだろう。

なので、複数の子供が集まると、脳内ワールドがシンクロを始め、手のつけられない状態になるのだろう。
非常に迷惑だが、仕方がない。
そういうものだから。

 

僕ら大人はいつ、この「離れ」を失ったのだろうか?

 

でももしかして

  • お金はたくさんある
  • どんな商品でも買える
  • 健康状態も問題なし

という状況で買い物に行った時、「カートを押すこと」は楽しいことになるだろうか?
そうとも言い切れない。

なぜなら僕らはそういう状態でも

「カートを押すより買い物のほうが楽しい」という事実を知ってるから。

 

結局、より「甘いサムシング」や「脳内快楽物質のでるサムシング」を知ることで、昔楽しいと思っていたことが色褪せるのだろう。
できれば昔楽しく感じてたことも楽しいまま、さらに新しい楽しいことを重ねていけたらいいのにな、なんて思った。

 

もし、周囲に人がいなくて、カートがあったとしたら、あなたはそれを勢いつけて押し、途中から飛び乗る!なんてことを100%しないでいれるという自信はある?

 

ぼくはない。

 

 

さて、ここで彼らを見てて思ったことをひとつ。
彼らは延々と

  1. じゃんけん
  2. カートを押す
  3. じゃんけん
  4. カートを押す

を繰り返していた。

知性と教養を身につけた僕たち大人なら
「最初のじゃんけんで順番を決めて、そのとおりに回していけばいいじゃない?」と気付くであろう。
そう。それが物事の効率化だ。

でも彼らには

勝った次にも、また勝つかも

というポジティブシンキングか、もしくは

勝負はその都度一回きりだ!

という潔さをもっているのもしれないし、じゃんけんじたいが「好き」という、予想だにしない結果かもしれない。

 

どのみち僕は子供が嫌いだから、彼らの気持ちなどしったこっちゃないがね。
僕は知性と教養を身につけてるから(と、言い聞かせる)

 

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