信じる・考える・共感する・依存しない【アートが自己を立たせてくれる可能性】

こんばんは。ブログアパート管理人のサニーです。

 

行動が制限される(まあ、自粛?)と、これほどまでに思考が巡らなくなり、誰かの意見を「自分のものだ」と勘違いしてしまうんだなあと思う。

街に出られない。
めんどくさいと思っていた「通勤」でさえ、社会と触れ、風景に触れ、横断歩道で人に触れ、ものを考える時間になっていたんだなと。
ウインドウショッピング(っていまでもいうのかな?)で、目から、耳から入る情報を脳で撹拌する。
そんなことができない。

ほんと、思考が停止する。

そこにもってきてテレビのニュースもSNSのエコーチェンバー。
自分の趣向にあったニュースを「真実」だと受け取ってしまう。
僕もまさにそんな感じ。
見てないことを、見たように感じる。
感じるだけならいいけど、明らかに作為的に導かれてることがおおいよね。

 

 

何度もなんども心の中にでてくるから、いろんな人に話すんだけど

「アートが自己を確立し、自分と違う他者を認識する唯一のもの」

じゃないか?

 

最近特にそうおもう。
それも、小さな頃の。

 

ルーリードというシンガーソングライターが
「芸術は人の思想を変える可能性があり、それを通じて物事が変えられると俺は思っている」
と言っていた。

 

 

生まれてから、物心つく前に覚える

  • うたう
  • 書く
  • ちぎる

などのこと。走ったり、手を叩いたりすることと同じように「人間になっていく過程」ですること。
その延長がアート、芸術だとおもうんだ。

誰かによって評価されたり、評価を自己評価と信じ込んだり。
何かを得るための手段として利用される前の、レアな気持ちが「芸術」じゃないかなぁと。

 

映画はまあ作れないから、見る
音楽も、作れなくても聴く
絵なんか、らくがきくらいはする
本もときどきは読む
工作はしなくても料理に凝ったりする

そういう「日常のアート活動」をやってると、他の人はどんなかな?って興味が湧く。
他のアートに触れて、自分と他者との違いを知る。
全員が違うから「あ、人は全員違うんだ」ってわかる。
共感する部分とそうでもない部分、納得できるところとそうでもない部分。
「違うけど、まったく違うわけじゃない」っていうところにたどり着くことができる。

芸術には、アートにはそれができると思う。
とくに、こんな風に「行動が制限される」世の中になると。

100%の共感とか、100%の拒絶とかはない。

 

 

僕も最近できなくなってる「いちいち吟味する」ってことは「うのみにしない」ってことで、それはその対象(発言でも人格でも)をリスペクトすることになるのではないかな?なんて思う。

 

「大きくなったら芸術をやる!」

なんていったら「バカじゃないか!」ってほぼ言われる。「大きくなったらスポーツ選手になる」よりももっとバカ扱いされる。スポーツを家族でサポートしてる話はよく聴くけどね。

 

芸術は食えないからダメだ!
スポーツはスポーツマン根性、忠誠心、団体主義、絆などが「社畜」に向いてるからまだつぶしがきくけど(私感ね)芸術は「個人主義」だから社会の役に立たないからダメだ!

 

わかるよ。
芸術で食っていけない社会だもんねこの「日本」っていう国は。
世界をみても今回の新型コロナウイルスに関わる芸術のニュースでよくわかった。
この国にいたら芸術は伸びない。
まあ逆に言えばこの国で芸術家でやれるなら、世界中どこでも食べていける(笑)

この国はやっぱり「個人」をつぶさなきゃ成り立たない構造になってるんだろうね。
「個人」は存在せず、

  • 夫婦
  • 家族
  • 地域
  • 社会
  • 国家

なんていう「属性」を求められるのだろう。

 

 

だからといって「芸術」をあきらめちゃだけだよ。
別に食えなくたっていいんだよ。
仕事は別に持って、もうひとつ「趣味で芸術」ってのも全然ありだ。

  • 趣味で本を読む
  • 趣味で映画を見る
  • 趣味で何かを作る
  • 趣味で音楽をやる

それでいいんだ。

 

最初は誰かの受け売りでもいいし、オススメでもいい。
でも次のステップは「なぜこれが好きで、なぜあれがそれほど好きじゃないか」を考えること。
ジャンルとか、わかりやすいカテゴリーで判断するんじゃなく、自分で吟味する。
アイドルが好きでも嫌いでも「なぜ彼女たちは好きで、なぜ彼らをそれほど好きじゃないか」を考える。
自分の思考、趣向について分析して、深掘りをすすめると「自分」がみえてくる。
深掘りの過程でいくつもの「思考の違い」を体験する。
それが宝物だ。

 

 

いま、多くの人が一人の時間ができた。
生活が壊されていく恐怖もあるし、憤懣やるかたなき毎日だ。
だからこそ芸術を。

芸術は個人を「世界」から切り離してくれる。
誰かに飲み込まれたり、便乗したり、威をかったりする毎日から隔離してくれる。
自分との対話だ。
最初は自分が「応えてくれない」かもしれない。退屈かもしれないし、不安かも。
でも、続けて。
時間のある人はまず触れて見て。

ちょっとでも興味がわいたら深掘りしてみて。

 

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