三浦春馬さん。自死ということ。生きることと死ぬこと。私の人生は私のものだけど。

こんばんは。ブログアパート管理人のサニーです。

 

俳優の三浦春馬さんが自殺した。
現時点では原因はわからない。

 

誰かが自殺すると、いろんな人がいろんなことを言う。
僕もそのなかのひとりだ。
個人的な感想です。

 

何があっても自殺はダメだという人もいる。
自殺は負けだと。
生きていれば何かいいことがあると。

そう信じたい気持ちもわかるけど、この世界は「生きるに値しない」、もしくは自分は「生きるに値しない」と思うことは、何千回も、何万回もある。

 

生きていると言う苦痛から逃れたいと思うこと。
それは割と普通の神経な気がする。

 

 

もうダメだ、と思うことが数えきれないくらいあって、でもいまこうして生きてるのは、たまたま「自死するためのピース」が埋まらなかっただけ。
生まれてきたのは自分の意思でないから、死ぬ時くらい自分の意思で死にたい。
今もそう思う。

 

ただ、まわりに親族や愛する人に先立たれた人を何人も知っている。
その人たちが抱えていかなければならない重荷を創造してみる。
だから「自死のピースが埋まらない」。
僕の場合はそうだ。

 

僕と僕以外の人が全く違う人生を歩み、違う人生感を持つのはあたりまえだから、いろんな人がいろいろ言うのは当然だと思う。
その人がとった行動に「その人にとっての間違い」はないのかもしれない。
物のはずみで、偶然「自死のピース」が集まってしまったり、集まった気がしたりすることがあるんじゃないだろうか?

 

 

その人のとった行動は、誰にもわからない。
もしかしたらその人自身もわかっていない。

 

でも自死は、あとで思い直すことができない。

 

不特定多数のひとにその言動、行動が知られていたり
何かを生み出すために精神の縁を歩くことを(他者から、みずから)求めていたり。
そんな「芸能」という世界。
小さな電波をひろう、高性能のアンテナがついていたりするひともいるかもしれない。

 

この国では毎年2万人くらいのひとが自死を選んでる。
実際はもっと多いと思う。

その人のとった行動は、その人のものだから僕には何も言えない。
僕が今生きてるのは偶然だから。

 

でも自死は、あとで思い直すことができない。
やめときゃよかったと後悔することができない。

 

 

 

毎年、いや毎日、死んでゆく人がたくさん。
生きてる人間全員にその順番は来る。
それを自ら選ぶ人もいる。
それしか選べない人もいる。

生きることってつらいから。
苦しいから。

 

ただ
自死は、あとで思い直すことができない。
やめときゃよかったと後悔することができない。

 

今日も僕は「自死のピース」が揃っていない。

 

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