金子みすゞ記念館【みんなちがって、みんないいい】彼女が今生きていたらこの世界をどう思うだろう?

こんばんは。ブログアパート管理人のサニーです。

 

長門、角島までやってきた。
さてこっからどこへいこう。

地図を見ると、15年前くらいにいったことのある「金子みすゞ記念館」が目に入り、久しぶりに行ってみようとおもった。

 

金子みすゞ記念館へいこう

 

角島から一時間?くらいか?
言うことを聞かないナビはほっといてスマホで検索しながらいく。
小さな町、港町。
おおきな道の駅が満車状態、なんかすごい。

駐車場、一台空いていた。
そこからすこし歩いて、本館へ。

 

金子みすゞと言う人は、どんなひと?
みんなの印象は

「みんなちがって、みんないい」

という詩をかいた女流詩人。

 

 

金子みすゞ記念館:摘み取られた才能

 

金子みすゞは20歳の頃、4つの雑誌に投稿した作品が、そのすべてに掲載されるという鮮烈なデビューを飾る。
『童話』の選者であった西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛される。つまり前途洋洋だったのだけど、

23歳で結婚。
文学に理解のない夫から詩作を禁じられてしまい、病気、離婚と苦しみが続き
前夫から最愛の娘を奪われないために自死の道を選び、26歳という若さでこの世を去る。

きっと日本じゅうにたくさんいた「女性であるという足かせ」によって歪められたひとのひとりじゃないだろうか?
芸術も、仕事も男のもので、女は家を守る従者であるという「家長制度」の犠牲者。

今なら「娘を残して自殺するなんて鬼だ」とかSNSで燃え上がるんだろう。

女性は「女流〜」と呼ばれる。
つまりどの業界においても「異色」とされている。
俳優ではなく「女優」だし。
スポーツなら、女子男子分かれてるのはわかる。体力がちがうからね。
でも、その他のことに「男女」は関係あるんかなぁ?

 

 

金子みすゞ記念館:金子文英堂

本館と金子文英堂というふた館からなる記念館。
金子みすゞの実家跡に書店「金子文英堂」を再現した棟は、弟の作曲家「上山 雅輔」の作品なども展示されてる。
このような部屋から通りをながめて、頭の中で旅をしていたのだろうか?
通りは静か。黙して語らず。

 

 

金子みすゞ記念館:本館

本館は撮影禁止なので写真はない。

ぐるりと貼られた年表と、作品たち。
展示の仕方も趣向を凝らしていて楽しい。

文学は「文字」でしか表現できないから、それをどうやってバリエーションつけて展示するか?
そういうの考えるのも楽しい。

生まれて、子供時代を過ごし、大人になり結婚して、母になり、自死する。

その一生を読んでいくとなかなかつらいものがある。

 

 

金子みすゞ記念館:鈴と、小鳥と、それから私

詩をよむ。
文字で読む。

彼女のうたは「死」に満ちてる印象。

朝焼け小焼けだ大漁だ
オオバいわしの大漁だ

浜は祭りのようだけど
海の中では何万の
いわしの弔いするだろう

見えている方と、その裏。
生きているということとその裏。
裏の存在があってはじめて「光を浴びる表側」があることをうたう。

 

「みんなちがって、みんないい」という詩には、立場の違う三つの主人公がいる。

動物と、無機質な鈴と、わたし。

 

私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面を速く走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。

 

私はこうだ、という主張。
私はあなたよりここが優れてる、という主張と、私よりあなたが優れてることを並べる。
それぞれの、それぞれの目線から見た「優劣」が存在することをきちんと認めた上で
「鈴と、小鳥と、それから私」なんだ。
それから、私。

これはひとつ控えめに自分のことを言うというのが「美しい」とされる「常識」と
「私」を真打にしてラスボス扱いをすることと。
どちらとも取れるし、どちらでも「見る人の目線で見ればいい」という冷たさも感じる。

 

多様性ってなんだろう?

どんどん白か黒、イエスかノーで分断されていく世界を見てると「違うあなたを認めない」
けど、私とあなたには「分かり合える共通点がある」という呪い、強迫観念で満ちてる。

鈴と、小鳥と、私がわかり合うことはない。
100%。

だって違うんだもの。
違う。分かり合えない。一つになれない。
だって違うんだもの。
これこそが多様性。

あなたのことはまったくわからない。
でもそれでいい。

 

彼女が男だったら、「女流詩人」としてのアドバンテージはなかっただろう。
デビューできたか?どうかはわからない。
でも、「作るのをやめさせられる」ことはなかったかもしれない。
「作らなくなる」「作れなくなる」のとは全然違う。

 

詩作が人生を投げ打ってでもやりたいことだったら?
最愛の娘を手放すことになりそうだったら?
命を捨てて「主張」するのかもしれない。

 

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