こんばんは。ブログアパート管理人のサニーです。
もういいかげんにして!と思うかもしれませんがテレビ番組の話。
- 山の中とかにぽつんと住んでる人
- 世界に端っこでぽつんと住んでる日本人
- 飲食店を探すバスや電車の旅
- 雛壇芸人とその親玉の時間潰し
- 役割分担のはっきりしたクイズ番組
- 政府広報(多少の辛口もあるけど、基本は笑って終了する)
まあ多くの人にとって「何も考えたくないから見る」のがテレビだろうけど。
だからこそ、「無意識の構築」がされていく気がする。
ドラマは脚本によってキャラクターが違う(こともある)から、「現代味」は少し薄れる。フィクションであることが前提だからこそ「社会問題」に切り込むことができる。
そういう作品もあるみたいだし、マイナーなお仕事のドラマとかは(当事者達にとっては迷惑な勘違いや装飾もあるだろうけど)その仕事内容にスポットが当たるのはいいことだと思う。
でも、司会者がいる番組はどうだろう?
タレントは「キャラクター」をまもり、どの番組でもその枠を超えていかない。
視聴者が安心してみられることが一番だから。(ドラマを見るときはちょっと「見るぞ」って気持ちで見ることが多くない?)
ひな壇番組は「その場にいる感じ」だとおもうんよ。
日常に近い「非日常」。
だからこそ、社会に対する影響が大きいし、浸透圧も高い。
男性司会者がいて、話を転がす。
クレバーな言い回しで笑わせ、誰かを陥れて笑わせる。
女性アシスタントは姿勢良く手を合わせて立っている。補助以上の役割はしない。
たまに「突っ込んだ発言」もあるけどすべて想定内のこと。
会議などで「これくらいは反抗したほうが男の上司は喜ぶし、信頼を勝ち取ることができる」っていうさじ加減を習得してきた女性は「想定内」を泳ぐことに長けている。
視聴者は安心する。
男性がトップにいて、クレバー。世界を回す。
女性は「セクシー」か「おバカ」か、「見た目バカだけど頭いい」か「美人だけどうっかりさん」の役柄を演じ、それを演じることにより「社会的に認められる」という成功例をどんどん発信する。
視聴者はそれを「無意識」にみて「無自覚に」に学習する。
女性は「文句を言う」「ヒステリックにはしゃぐ」「イケメンに弱い」キャラクターを演じる。
男性はその文句に「理解を示す」「笑って流す」など、一段上から生暖かい視線を送る。
今放送されている「司会者のいる番組」で、女性司会者の番組って、上沼さん以外あるのかな?
「徹子の部屋」とかさわこさんの番組くらいしか思いつかない。
あ、でもこれは司会じゃないか、「マンツーマン」だもんね。
社会的構造が起こり得ない環境だ。
僕の大好きなマツコさんだって、男性だ。
このことが政治の世界にも反映されてる気がする。
与党では女性は立場を与えられるのを待つしかない。
男性の意向に沿った出世しかない。
だから取り巻きになる。応援団になる。
もちろん、女性ならでは(この言い方もいやだな)の多角的な目線での発言もあるにはあるけど、公式の場に近くなればなるほど姿を消してゆく。
出世とは縁遠い「野党」の女性はちょっと違う。
上の言うこと聞いていても埒が明かないから、自分の言葉で発言する。
行きすぎることもあるし、失敗もあるけど
「誰かの手下」である感じをあまり受けない。
そしてこれが野党の女性議員が嫌われる理由だとも思う。
「自分の言葉を発する人が嫌い」だから。
だっていつか自分が攻撃されるかもしれないから。
人々は安心したい。
少しずつ煮られながら、(それがわかっていても)断末魔は一瞬で終わりたい。
社会の構造を受け入れる。「現状を続けること」こそが安心だから、社会構造をバトンする。
「日本人の美徳」という押し付けられた「都合の良い美しさ」が、また社会構造にマッチする。
個人の幸せを願うのは「安心できない社会」を作るようなイメージが定着してる。
従い、慣れ、多数派でいること。
安心で安全。
テレビをもう一度みてみると。
どう?
そこに社会があるでしょう?
そして革新的な番組は、少数派の域を出ない程度に作られてるし、いいガス抜きになってる。
『テレビにも良いものがあるよ」っていうアピール。
「いいものも、そうでないものもある」それは当たり前のことなんだけど。
テレビを見る。
楽しむ。
それが「流れてくる電波を受け取る」だけだったらそりゃもう洗脳だよね。
テレビを見ない。嘘ばかりだから。
ネットから、雑誌から情報を得る。
主体的に情報を集めるのはとても大切だけど、「信じたくないもの」は見なくなることも多い。
自分に都合の良い情報(と呼ばれるものだけ)を集めて世界を作っちゃう。
僕も知らない間にそうなっている。
テレビに洗脳されることよりも恐ろしいことかも。
悪に触れて、悪に飲まれない。
テレビを見る。
楽しむ。
鵜呑みにしない。
俯瞰してみる。
流れてくる電波を「これにはどんな意図があるんだろう?」って探ってみる。
そうやって「考えるきっかけ」「違和感を感じるきっかけ」にすることができるのは、見る人次第。
僕ら次第。あなた次第。
悪魔の飴玉のようなテレビを、上手く使って、奴らの裏をかいてみようよ。
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