僕らはパチンコ玉でしかない【打つ人でなく、打たれる側。飛ばされる側】

こんばんは。「私の人生、私のもの」のサニーです。

 

馬出ブローインでのライブの後。
出演したひと、お客さんとが数人残る。
楽しかったライブの後だから、まあ「あの曲よかったよー」とか、そういう話だったりするんだけど、普通は。

ここはブローイン。
オリジナル曲しかやらない場所。
つまり、裸になって音楽を見せ合う場所。

 

 

その中で、大先輩のながたけさんと話した。
ながたけさんは「死刑が執行される前夜の死刑囚の歌」や「忘れられた存在になって、人を殺してきた男の歌」を歌う。感情的じゃなく、淡々と美しいメロディーと、やさしい声で。

ながたけさんとは事あるごとに話し込むんだけど(笑)

この日は

「ぼくらを分けるものはなにか」

について話した。

 

 

人を殺す人、殺される人、罪を犯す人、罪をかぶる人、罪から逃げる人。

この人たちを分けるものはなんだろう?

 

僕らが「そっち側」にいかないでいる理由はなんだろう?と考える。

僕もながたけさんも「それはただ、偶然」だと話す。

 

一歩間違ったら(この間違いって表現も、腑に落ちないが)そっち側へ行く可能性が十分あるのに、なぜ人は「今偶然ある環境」でしかものを考え、離さないのか?

 

僕らはただ「弾かれたパチンコ玉」でしかない。
ぽーんと一番上に登ったら、あとは「釘」によって左右に飛ばされていくだけ。
一番下の大きな穴に入って人生を終わらせる人が大半だけど、途中でいろんな穴に落ちてしまうことがある。
それは「釘」の向きによってのみ。

いい釘に当たれば、その流れで。
悪い釘なら、連鎖的にどんどん悪く。
落ちていくスピードはますばかり。

 

 

どの釘に当たるか。それは選べない人が多い。
もちろん、生まれついて

  • 「小さな穴に落ちない大きな玉」
  • 「つよくつよく飛ばしてもらえる玉」
  • 「近所まで来たら穴の方から閉じてくれる玉」

だったりする人もいる。
それは「いつ、どこで生まれたか」という、本人の意思や責任とは関係ない部分に起因するもの。

 

僕らはただ、打たれ、飛ばされ、どこかの穴に落ちるパチンコ玉だ。
玉を打つ人はほんの一握り。

 

 

ってことを話した。
ここでながたけさんはご帰宅。

 

 

さらに残ったメンバーで、お互いのキャリアについてやライブの感想。
曲を作る、曲を演奏するってことについての考査が交差する。

「人々の欲しがるものを与えよ」というコンセプトのもと、「アンケートで歌って欲しい言葉」を募集し、顧客を分析し、そのデータから曲を作り、売る。
ビジネスとしての音楽が幅をきかせてるけど。

今の若い人の中には「ヒットチャートを全く見ずに、自分に合う音楽を探してる人」が増えたという。
それはあまりにも画一的で変化のない、広がりのないチャート商品のおかげとも言えるし、そもそも「マスメディア」という情報操作が聞かない子供タチが増えてきてる。

プロとアマチュアの境目も怪しくなり、youtubeと生ライブの境目も「配信」によっておぼろげになり。
これからもっと混沌とした、すてきなアートの世界が広がるんじゃないか?

なんて話になった。

 

 

音程通りに、完成品どおりに再現することがよしとされ、チャンピオンが生まれる。
その瞬間、ほんの小さな種かもしれないけど「そうじゃないもの」が必ず生まれる。

大衆という「仮想顧客」は掴みづらくなるからマーケティング自体がその体をなさなくなる。
最先端だと思った「マーケティング音楽」すら過去のものとなる。

 

とても面白い。

 

最終的に「個人的なこと」がどこかの個人に繋がる可能性は、前にも増してあるのかも。

ブローインに集まる人たちは「誰かのために」歌ってる人が少ない。
作品と作家との間の距離はみんな違うけど、「自分のための歌」を歌ってる。(だから僕も受け入れてもらえるのかも笑)
個人のための歌が、どこかの誰かに触れる。
その意外な浸透圧。

名もなき作家たちの人生がならぶ場所が、ここブローイン。

 

 

「生の音楽」とはなんだろう?
ライブハウスはある意味「閉鎖的」だと思う。
「生の歌を歌いたい」ひとと「聴きたい人」という、現代では奇異な人がマッチングする場所。

でも、「何かを表したい」という欲求が人からなくなることはなく、そうなると「その発表の場所」だったり「反響の場所」は必要だ。
ただ「音楽はなによりもすばらしい」という考えはもう古くて

「音楽でできるものは、他のアートでもできる」という世界になると思う。

ギターを持って歌ううたが、短歌に勝ってるか?
音楽で世界をかえようと多くの人が挑み、崩れ落ちたけれど、それは「音楽だからできなかった」ことかもしれない。

 

 

全ての個人的なアートは、もっと入り混じり、並列化し、拡散し。
もっと僕らの手元にもどってくるんじゃないだろうか?

とも思った。

 

 

よもふけ、ライブ終了から一時間以上話した。

空に大きな、半分の月がのぼってた。

 

 

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