トットてれび:始まりと終わり・生と死を描く
1965生まれの僕は、まぎれもないTVっこ。
- 白黒テレビ
- カラーテレビ
- 衛星放送
- 液晶テレビ
- ハイビジョン(このへんはよくわからない)
TVのチャンネルをガチャガチャとまわせば、そこは見たこともない世界。
「きのう、●●見た?」
そんな会話から朝の通学が始まるような。
トットてれびは、テレビジョン放送の創世記を描いたドラマで、黒柳徹子さんが主役。
黒柳さんは「世界不思議発見」の人っていうイメージだったけど。
あとザ・ベストテンの名司会ね。
NHKは嫌いだけど、前のシーズンの「ちかえもん」は最高に素晴らしかったし、ドラマチェアマンのエミさんもオススメだったので、録画したり、再放送をみたりした。
「トットてれび」
全7回というボリュームなんだけど、とてつもなく愛らしく、きびしく、さびしく、しかもエネルギーにあふれた娯楽大作だった。
制作費をかけまくって豪華な役者をそろえ小道具を作る。そんなやり方が「民放のドラマ制作者」から恨みの目で見られてた、なんて記事を目にしたことも。
わかる。最初に金を集めて作ってる、クラウドファンディングみたいなもんか?(笑)
でもそれだけじゃないんじゃ。
まだ生きてる「黒柳徹子」さんを引っ張り出して、もう亡くなってしまったTVの巨人たちのことを讃え、偲ぶ。こんな冒険心あふれたドラマはお金かけるだけじゃ出来ないでしょ。
豪華すぎるキャストや音楽ゲスト。
当然、それなり以上の演技はする。
他の局で放送中のドラマに出ている方もいた。
でも印象に残ったのは、初回以外の回でしずかに漂う「死の影」。
生きてるものはすべて死ぬ。センチメンタルでもなくあきらめでもなく、最初からレンタル期間が決められてる「命」を、楽しく描く。たんたんと、じゃないんだ。楽しく描くんだ。
劇中音楽はニューオリンズ直系の葬送ブラスバンドだ。
乾いた大地のサウンドがTVセットに響く。
最終回のサックスソロや「知床旅情」の圧倒的存在感。
それは「生」そのものでもあり、「死」そのものの存在感でもある。
TVの時代はもうおしまい?
歌謡曲という流行歌が「TV」という固定された発信源から流れ出し、お茶の間という場所を通して見る人の心を捕まえる。
演歌もフォークもロックバンドもアイドルもごちゃまぜな。
時代を捉えたドラマが、新鋭の脚本家によってかかれ、火をおこす。その火で動き出す架空のキャラクターたち。せりふやしぐさの一つ一つをまねしながら「かっこいいこと」を自分のものにしようとした僕ら。
いまはちょっと違うようだ。
SNSで流れ込む膨大な情報と感情。フィルタリングのない文字が「自己責任」でふりわけられて、足元から埋まっていく。息が苦しい。
TVが夢や情報をくれた時代はすぎて、これからは「政見放送」になる。
そんな時代に、「政見放送そのもの」のNHKがドラマをつくる。
ドラマの終わりのファンファーレを。
最後の爆発なんだろうか?
TVをよく見ていたのに、その裏側は知らなかった
- 向田邦子
- 渥美清
- 坂本九
- 森繁久彌
フィクションも交えてだろうけど、それぞれのエピソード、素敵だった。
とうぜん、役者さんがその役をやるんだけど、ミムラさんには惚れ惚れした。
何かを作り出すときには、その前のルールや常識はあてはまらない。
誰かのアイデアや攻略本に載ってるようなうすっぺらい言葉は何の役にもたたないんだなあ。
寝なくても楽しい。寝る時間より楽しい。
そんな気持ちではじめられることしか、新しく始めることはできないんだな。
そして人が集まる現場があり、現場でしか生まれないものがあり。
現場がなくなれば、人はいなくなる。
人がいなくなれば、現場がなくなる。
それをくりかえす。
あたりまえだけど、さびしい。
特に今年の、人の亡くなりかた。
創世記の影響力が消え、ぼくらは素のまま、暗がりにぽつんとたっている。
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