荒金門亜と高橋プランクトンの夜【若者たちのそれぞれの歌】

こんばんは。ブログアパート管理人のサニーです。3/4日曜日は暖かいですねぇ。

さて昨日。3/3。
僕はブローインでライブという名の対決をしてきました。
アマチュア音楽活動を始めて15年。今ようやく、なんとなく「ちょうどいい感じ」でライブができるようになりました。終わった後ガックリきて誰とも話したくない!っていう穴にも落ちなくなってきたし、他の人の方が出来が良くて感動しても「それはそれ」と思えるようになってきました。

15年よ。

時間かかりすぎやろ(笑)

 

ライブの後、別のライブ会場へ。
明日上京する荒金門亜君のために、高橋プランクトンが「壮行会」を仕掛けたので。それを目撃に。

荒金門亜君はここ数年見た中でもピカイチのシンガーソングライター。
チャンスをつかんで東京へいく。

高橋プランクトンもピカイチ。荒金門亜とは方向が違うけどテンションは同じ。
そんな素晴らしい若者二人がライブの終わったライブハウスにいる。
急いで向かった。

 

二人は楽しそうに笑い、馬鹿話を話し(プランクトンが一方的にね笑)
真夜中を迎えようとした頃。

高橋プランクトンはステージへ。
お客さんは荒金門亜のみ。
なんかジンとくる。

 

 

歌うのは「応援歌」身体中の血をたぎらせ、歌う。
高橋プランクトンほど愛情が深い男を知らない。愚直でまっすぐで、照れ屋なのに義理堅い。
彼が、上京する荒金門亜に「頑張れ」と歌う。
からっぽのライブハウスに響く希望の歌。ちょっと涙でるよ。

そして二人は歌い始めた。
炎のように燃えるいつものプランクトンではなく、歌に寄り添うギターを弾くプランクトン。
彼はなかなかのギタリストなんだよ。

 

僕は22歳で東京へ挑んだ。
今よりもまだ地域格差があって、北九州の田舎町から東京へ行くのは、ニューヨークへいくのと大して変わらなかった。

でも、やるなら東京だ!と思った。

 

満天の星空の星屑以上の数の人たちがひしめき合い、エネルギーを放出しまくる大都会で、喘ぎながらもその後の人生で大切なものをたくさん手にした。

 

 

荒金門亜が夢を形にできるか、何を手に入れ、何をなくすかはわからない。
でも、挑むことに意味がある。
そして高橋プランクトンのように、ここ福岡を拠点に戦うことにも、同じような意味がある。
僕のように年老いたおっさんが、自分の子供よりも年下の連中と同じステージにたったりすることにも意味があると思う。

 

そう。

何かをやるっていうこと全てに意味がある。

 

 

僕も荒金門亜と数曲やった。
三人でもやった。
キャバーンのカズキ君と二人でジャスをやったり
途中からやってきたCO2と高橋プランクトンがやるのをみたりした。

 

本当に良い夜。
ミッドナイト・イン・清川。

 

音楽をやっていてよかったと思った。
若者たちと同じ場に立てるから。
偉そうにするわけでもなく、仲間としていられる。(そうは思われてないかも笑)

15年の間にいろいろあったけど
音楽をやっていてよかった。

 

荒金門亜や高橋プランクトン、CO2にとって、15年後に思い出せるような夜になったんじゃないかなぁ。
その頃、まだ生きていたいなぁ。

 

 

 

この記事を書いたのは

【704号室】ガーリーおじちゃんはまったく役に立たない2018





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