テルマ:抑圧と解放を描く青春ラブストーリー
冒頭から白い世界。氷の世界。
音のない世界の圧迫感と、氷に閉じ込められた魚達。
HANNNAという映画でも見たけど「狩り」のシーンから始まる。
雪深い森にはいったテルマ(エイリ・ハーボー)とテルマの父。
そこに鹿が現れました。「ああ、ここで鹿が打たれるんだろうな」と思ってしまう。
そういう流れに乗ってしまうのを「急にひっくり返す」タイプの映画だった、このテルマっていう映画は。
動かない鹿と猟銃を構える父。その前でテルマは鹿を見つめていました。
お客さんの目線も、彼女と同様に鹿がいつ打たれるのか?と思っていたその時、父は鹿に向けていた銃をテルマに向ける。
テルマは気づかない。
え?と思った瞬間、鹿は逃げてしまう。
え?なぜ撃たないの?という顔で父を見る。
すごくいいシーンだった。
あ、この映画でお父さんは悩み苦しむのだろうと思わせるに十分な。
その後テルマは成長し、都会の大学へ。お母さんは車椅子生活。
二人ともとても厳しく、敬虔なクリスチャンのよう。
しかも、娘への監視の目がすごい。息苦しい。
冒頭のシーンをふらっと忘れて、学園生活での子離れしない両親の抑圧がテーマ?って思ってると、図書室に鳥が飛んできて窓にぶつかり、テルマはてんかんのような発作で倒れる。
このシーンで重要なのが失禁するところ。ジーンズの色が変わってくる。こういう生理的な不快感をがっつり画面に写しこんで行くところが、やっぱ映画のレベル高い国だなーと思う。
テルマ:同性を愛すること、タバコを吸うこと、アルコールを飲むこと
今までタブーだと思っていたことを、体験して行くテルマ。
毎日両親からかかってくる電話にも出なくなる。
少女の成長ストーリーの流れと、サイキックホラーの流れを行き来する。
スクリーンが見えないくらいの激しいフラッシュで観客にも生理的苦痛を共有させる。かなりの大技だと思う。
中盤から「テルマには過去の記録がない」ことや、死んだと思っていたおばあさんが老人ホームにいたりと、精神的な不安をあぶり出すエピソードがあったり、友達になったセクシーな女性アンニャ(カヤ・ウィルキンス)から、太ももの間に手を刷り込まれて快感をえるエピソードとか。
明らかに物語をピリピリさせる色合いが強くなる。
自分が今まで「ダメなことだ」と教えられ、感じていたことを体験し経験して行く。
解放されて行くに従って、傷つくことも増えてゆく。
両親の保護のもと、抑圧されてきた感情が爆発することで、周りの人、大好きなひとを不幸にしてゆく。
巣立ち、成長、独り立ちには欲望と官能と、その代償という側面がある。
こわ!というびっくり箱的なホラーではなく、胸のあたりがズーンと重たくなるホラー。
サイキック現象よりも怖く感じるのは、「発作を起こして見てデータを取る」治療だったり、MRIの無機質なあかりだったりする。
訳も分からず発作がきて、検査しても原因が分からず、最後には「精神病?」というテルマ自身のキャパを超えた診断が出るあたり、相当怖かった。
ノルウエーは国民の8割近くがプロテスタントだそう。国を挙げてのキリスト教国家。
冒頭、レストランに同性愛のカップルが来て、テルマ達親子は親な顔をする。ところが物語が進み賛美歌を歌うシーンが違和感をあぶり出したり、壁に向かって祈るシーンの薄ら寒さや、教えに反する飲酒喫煙、性愛を楽しんだり。
僕らには解らない宗教の圧力を、外国人にもわかるように照明器具やクラブでの激しい光の点滅、割れる窓ガラス、蛇のモチーフを使って「理解してもらおう」としてる感じを受けた。
一体このお話をどうまとめるのだろうか?と不安になったけど、なるほど、そう来たか。
ホラーとしての体裁を投げ打って、「解放と成長」を中心に
「善悪は私が決める」というあっけらかんとした終わり方。聖なる鹿殺しにもちょっと似てるかな?
これを「なんだこりゃ?」って感じる人と、「ああ、よかったねえ」と感じる人といるだろうなぁ。
重厚でヒリヒリしててセクシーで。エンターテインメントもしっかり踏んでる映画。
ノルウェー、北欧。やっぱすごい。
DVDが出たら、もう一回見たい。
しかし、娘のお父さんてのは・・・。
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