ビリー・アイリッシュへの手紙【初老の目からみたビリーは眩しすぎる飛行石のよう】

ビリー・アイリッシュへの手紙:ビリーを見たのは「Bellyache」PVをyoutubeで

洋楽、それもUP TO DATE なものを聴くようになって3年くらいになる。
なんせ今、54にもなるおっさんが洋楽と触れ合うのは至難の技だ。
タワーレコードのDMはボックスセットや名盤の再発しか送ってこないし、眺めてりゃ情報を仕入れられたMTVもない。
くだらないバンドを「すごい!」と褒め称えるPOPに騙されて試聴したものの「二番煎じにも程遠いサウンド」の若いバンドにぴんとくることもなく。

僕は洋楽マニアの友達からの情報で、ポップチャートにおけるエレクトロダンスミュージックのいろはに触れることができた。
肉体的なおかずの多いドラムの音に辟易としてたところに、クールなビートはすごく心地よかった。

何しろ今のビートミュージックやヒップホップには美しいメロディがあって、それを全く邪魔しないトラックがある。

歌モノとしての主役の歌があり、計算され尽くしたサウンドでそれを包んでる。

レディガガやアリアナグランデなどの「戦うポップスター」リアーナのような暴れん坊。
日本の音楽を聴いても「ほんとつまんない」としか聴けなかった僕に、彼女たちの闘志に震えた。

 

ああ、ビリーアイリッシュのことだった。

ビリーを見たのはyoutubeで「Bellyache」のPVを。
その前に映画「everything,everything」を見てたから耳には入っていた。(このサントラがほんと素晴らしかった)

今見るとものすごく「普通」。
ポッカポッカというリズムに乗ってアコースティックギターが鳴る。
簡単な弾き語りサウンド。

〜Where’s my mind〜

PVのオチ自体もMTV的な懐かしさでいっぱいだ。
でも何かが気になって、僕はビリーアイリッシュを聴くためだけに「amazon music ultimate」に入ることにした(笑)

しばらくはビリーのEPをずっと繰り返し聞いた。
宝探しをするように。
楽曲の良さがじわりじわりと染み込んできた。

 

ビリー・アイリッシュへの手紙:「エレクトロダンスミュージックで沈め」

兄貴フィニアスとのライブはいつもリラックスしてる

 

そしてちょっとお疲れ気味のビリー

 

ライブがラブにあふれてる

 

ビリーがあちこちの雑誌の表紙を飾りだした。
ファーストアルバム「WHEN WE ALL FALL ASLEEP,WHERE DO WE GO?」が出てから。
このアルバムが届くのを待ちにまっていた。

最初聞いた時、ファーストEPで感じた「ポップなメロディー&クールなサウンド」「傷ついた私と。傷ついたあなた」的なものは影を薄め、まっくらな世界を地上12センチくらいを這う重低音がつつんでる情景。

ダークで好戦的で、ユーモアにあふれていて。
でも、楽曲の良さが感じ取れないものも多かった。
キャッチーではない。
ファーストEPはヒット曲を集めたようなあたりの良さがあったけど。

困惑したけど、過去の経験から「初見でハナクソみたいやなー」と思ったアルバムはのちのち名作になるって知ってたので、なんども聞いた。
4順目くらいから、サウンドのよる風景が広がって来た。
鮮明に。漆黒に。

僕はちょっとした障害があるようで「音」を聞くとそれが映像化、文字化されて脳みそがコントロールできなくなる(笑)

そういう人でも大丈夫な(?)サウンドだ。

チェットベイカーのボーカルのように、プリンスの歌のように「部屋のすぐそば」で耳元に歌われるうた。

 

 

ビリー・アイリッシュへの手紙:世界が終わりに向かっていても。向かっているならこそ。

この二年くらいの間に、僕の住むこの国は圧倒的に死に近づいた。
でも、もしかしたら世界中がそうなのかもしれない。

10代の若者たちと比べて、あと少しで死ぬ年寄りが世界を動かしてる。
そりゃ寿命が少ないんだから、世界のこと、未来のことをかんがえるわけないよね?
飢餓がこようが地殻変動がこようが、食糧危機がこようが、もう死んでるもんね。

 

そんな世界の、そんな世代。

新しいアートを描くための、新しいアーティストが出てきてる。

先日書いた「グレタ・トゥンベリ」もそうだ。

アメリカのティーン雑誌(ウェブマガジン)を読むと、世界中に「考える10代、行動する10代」がいることがわかる。

ROOKIE YEARS BOOK ONE【今ではあまり覚えていないティーンの頃】

 

ファッキントランプをさけび、森林火災を憂い、環境破壊を憂い、銃社会を憂いてる。
オーバードーズを、自殺を憂いてる。

こんな世界を変えられると信じてる。

くそのよな大人に騙されたり、持ち上げられて落とされたり、未熟さを咎められたりしながら。

 

ポップアートやポップソングは自分の考えてること、不安に思ってること、楽しいと思ってることが「自分ひとりじゃない」と証明してくれるものだとおもう。

一人で部屋にいて、世界とまじわれるもの。

 

ビリーの音楽は、基本ベッドルームで兄貴と作られてる。
個人から個人へのラブレター。

組織とか組合とかプロデューサーとか会社とか、そういう「大きなもの」に丸め込まれて楽をするのが主流だけど、どんなに主流が力を持っていても、かならず少数派はいるし、生き延びる。

 

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