51歳バースデーライブを前にして音楽活動を振り返る【第一期:発情期】

【小山卓治コピーバンド「キュウコ」】

大人になって初めて参加したバンド。まだインターネットって言葉がそんなに一般的じゃなかったような気がする2002年くらい?パソコン通信かなにかでのメンバー募集を見て「20年ぶりくらいにギター弾くのもいいかも?」と思い、参加した。

このとき、チャットルームに入るのに「ハンドルネーム」が必要だということで、当時サニーサイドというデザイン事務所をやっていたので、まあ、サニーでいいかな?と

いまでもサニーです。

もうちょっと豪華な名前でもよかったなあ。

 

【日本語ロックバンド「ディクソンズ」】

バンド活動をやってみると、学生の頃スキだっためんたいロックやブルースがやりたくなった。そこでキューコのベースのトシちゃんと、ボーカルにCGスクールでの生徒を巻き込んでスタート。最初はドラムレスだったけど、キューコに応募してきた女性ドラマー「ビアンカ」を横取り(笑)念願のオリジナル曲でのバンド活動を開始。

のはずだったんだけど・・・

ライブは決定してるのに、ボーカルが行方不明に。
曲を書いた責任者ということで僕が歌をうたうことに。歌はキライなのに。
その後、オリジナル曲を数十曲書き、キーボードも入り、年に数回のライブも大入り満員。
ドラマーのビアンカとベースのトシちゃんが結婚。福岡サンパレス大ホールでのライブを最後に活動停止。

51歳バースデーライブにベースのトシちゃん参加

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【女の子ユニット「オニオンズ」】

アコースティックな音楽をやってみたいなあ。でも歌うのは嫌だと思いメンバーを募集。今でも交流のあるカオリ・ブロガー先輩のエミ・Uの三人。それぞれまったく個性が違った。もともとグループにする気持ちはなくて、それぞれとソロ活動をやろうかなと言う感じ。サポートギタリスト・ソングライターとしてすごくいい勉強をさせてもらった。

 

 

【ブルースデュオ「G2」】

ギブソンとグレッチでG2。日本語のオリジナルブルースをやろうとした。ブルースギタリスト猪口のすばらしいギターと、ブルースぽくない僕の歌は、かなかな不思議な味わいがあった。

でも、ブルースが大好きだったのにできない苛立ちと、ブルースしか音楽じゃないと思っていた猪口との距離は縮まらず。喧嘩別れ(笑)

お互いに言いたいことをすっきり言ってさっぱり解散したので、その後も時々やったりする。彼のギターはほんとにいいよ。

スライドギターとかも教えてあげたのに、あっというまに僕よりうまくなった。

51歳バースデーライブに参加

 

【男女デュオ「レイニーレイニー」】

オニオンズとおなじ頃にメンバー募集で出会った、飯塚のシンガーソングライター。もともとは東京でプロとして活躍。スキマスイッチのアフロの方のプロデュースでCDも。

そんなすごい経歴なのに気さくな飯塚弁まるだしの元気でキュートな、はぎおゆか。

ライブや練習のたびに雨ばっかりだったのでレイニーレイニーと命名。

ピアノとギターというのも面白かった。ここではアレンジャーとしていい勉強しました。ピストルズとイパネマの娘とパフィーをつなげるなんて、なかなかしないよね。はぎおゆかはディクソンズにもキーボードで参加してくれた。

癒し系?ではなく、ハピネスにつつまれたユニットでした。はぎおゆかの結婚により休止。

 

【オッサンパンク「ダーダーバンド」】

キューコのドラマー、ドンタさんから「友達でバンド首になったやつがおるけど、拾ってやってくれんか?」と相談を受け、キューコのメンバーから僕とドンタさんドンちゃんで、ボーカルのオーバさんをサポートすることに。

ステージでのバカ騒ぎ、踏んだりけったりのライブ。野次が飛び交うライブ。

ギターを振り回し、シールドを引っぬき大暴れのライブに疲れて、脱退。大阪~京都へ車でツアーしたのはすごくいい思い出(現在はバブーンという名前で活躍中)

 

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